女子生徒は至って冷静に、無表情のまま教室にいるクラスメイトに問いかける。滲み出てきた怒りを察したのか、その場にいる全員が息を呑んだ。

「袴田くんは人助けしただけ。くだらない噂を流して何が楽しいの?」
「お前……袴田がヤバい奴らと繋がっている噂を知らねぇのか! 随分お気楽な奴だな!」
「噂ごときに振り回されているアンタたちが、他人のこと見下せるほど偉いとでも思ってるの?」

 つい先程までされるがままだった彼女が、顔を真っ赤にして怒り任せに怒鳴り散らす。握った拳が震えているのは恐怖からか、緊張からか。力を込めすぎて色が変わっていた。
 田中を含め、クラスメイトたちは気迫に押されてだんまりを決め込む。教室にいる誰もが顔を真っ青にし、怯えた表情を浮かべていた。まるで龍の逆鱗に触れてしまったような、禁忌を犯した絶望感が漂っていた。
 何も答えない彼らに呆れたのか、女子生徒はそのまま入口にいた袴田に見向きもせず、颯爽と教室を出ていく。教室が静まり返って、なんとも言えない重い空気が教室を包んだ。
 すると田中が「今度こそアイツを罠に嵌める準備をする」と、怒り狂った声が聞こえてきた。倒れた机を蹴とばす音が、クラスメイトだけでなく、廊下で様子を伺っていた他の生徒を不安にさせる。
 しかし、その中で一人――袴田だけは違った。吐き気がするほど気持ちが悪かったのに、今はどこか清々しさを感じていた。貶けなされ、蔑ないがしろにされて、大勢を敵にまわった最悪の状況で、最後の最後で自分の意見を告げる。――これがどれだけ恐ろしいことか!

「……くはは」

(バカか、俺は。今更誰かから信用を得ようなんて、ふざけてる)

 思わず口元が緩み、笑ってしまう。袴田は冷静だった。先程の躊躇いなどどこにもなかったように、颯爽と教室へ入っていく。
 袴田が教室に入ってきたことに気付いた生徒は、皆悲鳴を上げた。それをお構いなしに進み、彼女が倒した机の前に行くと、辺りを見渡し田中と呼ばれていた生徒を見つける。
 どこかで見かけた顔だと思ったが、ふと入学当初に近くの空地でガラの悪い生徒と一緒にいたのを思い出した。百歩譲っても自分よりも質が悪い。袴田は彼に向かって言う。

「随分くだらねぇことしてんじゃん」
「あ……こ、これは、あの置物が……」
「悪いけど全部見てたから。まぁ、俺が教師に言ったところで信用されないと思うけど」
「そ、そうだろう! 不良のお前なんかより――」
「くははっ。そう、俺は不良だからさぁ……こんなことしかできねぇんだよな」

 そう言って、ずっと握りしめていた右の拳を振り上げた。