誰しも、悪い人間が生まれた時から素行が悪いわけではない。些細なきっかけ一つで人が変わってしまう。ただその規模が大きく、誤った方へ向かったがために人生へ影響してしまうことがある。
 袴田玲仁も同じだった。幼い頃から家事だけでなく、近所の畑仕事や新聞配達まで、困っている人を見つけたら率先して手伝うようにしていた。周りからの評判も良い、皆に偉いと褒められて育った。
 そんな彼が、生まれ持っての黒髪を金髪に染めたのは、小学生最後の春休みだった。
 近所で美容師の見習いをしていた男から「練習台になってほしい」と頼まれて引き受けたところ、金髪になって帰ってきたのだ。
 聞けば、見習いは黒に近い茶髪にしようとしていたが、本人たっての希望で金髪にしたという。中学校への入学を控えていることを心配したが、それでも袴田は譲らなかった。
 母親は困った顔をしていたが、嬉しそうに自慢する息子を見て受け入れるしかなかった。なんせ、彼が金髪にした理由が「誰が見ても自分だと気付いてもらうため」だったのだ。自ら進んで手伝いに励む彼が、いつでも目印になると思って考えたことなのだから、簡単に反論することができなかった。
 しかし、いきなり金髪になった袴田に、周りの住民たちは「不良になってしまった」と思い始め、厳しい目で見るようになった。彼が住んでいた地域は老人が多く、格差で判別することも少なくない。一時、隣の家に泥棒が入って保管していた大金を盗まれた大騒ぎしたが、実は仏壇の下に隠してあったという、何とも人騒がせな騒動があった時も。「袴田さん家の息子が盗んだんじゃないか」とあらぬ噂を立てられたこともある。
 袴田自身も向けられた視線に次第に気づいて、学校に行く以外は帽子を被って金髪を隠して手伝いを続けていた。

 入学した中学でも、あまりに目立ちすぎて上級生や教師に目を付けられる始末。気に食わないと言われて体育館裏に呼び出されては、痛めつけられる日々。幾度も回避してきたが、根本的な解決にはならない。自分の身が危ないと察して殴り返すこともあった。
 傷だらけで帰ってくる袴田を見て事情を知った美容師の見習いは、ひたすら謝って黒に染め直そうと提案した。しかし、すでに外見だけで判断していた教師に説教された後だったこともあり、「髪色一つで改心したとは誰も思わないし、自分で頼んだことだから変えない」と言って断ったという。
 周りに味方はいない――袴田はその日から、自分の身を守るためだけを考えて拳を振るうようになった。