おんど食堂は、共働きで忙しい家庭の為に地域の人たちが話し合って開店したものだった。食材は近辺の農家や牧場から安く仕入れており、仕事帰りにここで食事をする親子もいる。学生の利用も珍しくはなく、特に北峰の男子生徒は一時期よく通っていたらしい。
 定食はどれも五〇〇円でごはんは食べ放題。その代わり、おかずの大盛りや追加注文は皿洗いや荷物運びを手伝ってもらっているという。

「井浦チャンが持ってきたその券は、ウチに食材を提供してくれるところに特別に渡してるんだ。その券さえあればタダで利用できる。ちなみに隼人の家は八百屋でさ、わざわざ余分に分けてくれてんだよ」
「はや……?」
「岸谷の名前だよ。知らなかった?」
「すみません。岸谷くんとはクラスも違うし、最近話すようになったのでうろ覚えで……」
「そりゃあクラス全員だけで二十人分を覚えるんだからキャパオーバーになるよなー。あ、野菜炒めどう?」
「すごく美味しいです」

 目の前に置かれたお盆の上には、艶々の白米にわかめと玉葱の味噌汁、山盛りの野菜炒め、小鉢には冷奴とほうれん草のお浸しが置かれている。どれもごはんにあって、気づけばペロリと平らげてしまった。いくら空腹だったとはいえ、危うくごはん三杯目をお代わりするところだった。
 食べ終えた皿をお盆ごと返却台に置いて席に戻ると、近江先輩が奥の畳の部屋に案内してくれた。靴を脱いで上がると、部屋の隅に用意されたちゃぶ台の上に、淹れたての緑茶が置かれる。

「食べたばっかりなのに移動させて悪かったな。この部屋、飲み物はいいけど食事は禁止なんだ。畳だから、子供がこぼしたときに掃除が面倒でさ」
「いえ、こちらこそお時間いただきありがとうございます。近江先輩はいつからここで働いているんですか?」
「高校にいるときから手伝ってたんだ。親が立ち上げのメンバーの一人で、今も就職したけど休みの日は大体ここにいる。寂しくなったら、井浦チャンもここにきていいよ」
「はぁ……」
「それで隼人……いや、岸谷の方がいいか。薄らぼんやりとしか聞いてねぇけど、玲仁の話が聞きたいんだって?」

 湯呑に手を伸ばしたところで、近江先輩が本題を切り出した。先程まで和やかだった時間が、一気に冷めていく気がした。

「理由って聞いてもいいの?」
「……袴田くんに付きまとっていた女子生徒が事件に巻き込まれて、今も病院で眠っています。二人に何があったのか、どうしてこんなことになってしまったのかを調べたいんです」
「二人の関係ってこと? その辺だったら岸谷の方が詳しいだろ」
「岸谷くんから、先輩が袴田くんをよく気にかけていたと聞きました。それに彼には聞けるところはできる範囲で教えて貰ったので、他の人の話も聞きたくて」
「へぇ……岸谷から教えてもらったのか。アイツ、最初は元カノを玲仁に取られたって殴り込みにきたんだよ。結局は元カノの嘘だったんだけどさ」

 そういえば、最初の頃に袴田くんがそんなような事を言っていた気がする。あの時は本当に仲が悪い印象しかなかったから、お葬式で号泣だったと聞いた時は正直驚いた。

「そんなアイツらが北峰で先頭に立って喧嘩に混ざっていく後ろ姿を見たときは感動したんだ。人を恨んでいても、いつか許さないといけない時が来ると、目の当たりにした」
「許さないといけないとき……?」
「恨む相手がこの世から消えちまったら、生きている人間がどうやってその相手に復讐する? 自ら命を断って地獄の果てまで追うか?」
「……無理、だと思います」
「だろ? いくら憎んでいても、自分が死んでしまったら復讐の意味がない。だから一生悔いが残る。あの時苦痛を味あわせておけば良かった、みたいなね。諦めきれないだろうけど、傍から見れば許してしまったと思われてもおかしくないんだ。……さて、それを前提に教えてあげようか。袴田玲仁の話を」

 近江先輩は温くなったお茶を一口飲み込む。ごくっと喉を通った音が、やけに大きく聞こえた。