夏休み前と比べて、放課後にも関わらず多くの生徒が校内に残っている。その大半が文化祭の準備で、特に生徒会で分担された細かい部分の準備に手間取っているようだ。
 中庭では風紀委員会のメンバーが揃って、学校の正面校門に設置する看板の製作の真っ最中だ。岸谷くんが中心となり、他の委員が慣れない手つきで描いていく。
 声をかけるタイミングを伺っていると、岸谷くんの方から私に気付いてやってきた。

「井浦? お前も手伝いにきてくれたのか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって。……袴田くんのことで」

 岸谷くんは途端に顔をしかめた。そして風紀委員に作業の指示を出すと、少し離れた場所に移動して、周りに人がいないか確認して問う。

「袴田がどうしたんだよ。お前が直接聞いたほうが早いだろ?」
「……それができないから、岸谷くんに聞きに来たんだよ」

 内容が内容なだけに話しにくくて、岸谷くんには話していなかったのだ。
 花火の時のことを話すと、彼は「あのバカは……」と頭を搔き毟った。

「袴田の奴、何考えてんだ? そんなことする奴じゃなかったのに」
「やっぱり……」
「ん? やっぱりって?」
「私は、袴田くんが吉川さんのことを恨んでいても仕方がないって思った。それこそ自分を殺した張本人だと思えば尚更、憎んでいてもおかしくない。でもそれは、私が死んだ後の袴田くんを見て得た印象で、生前の彼のことはわからない。そんな私が袴田くんの心残りを見つけるなんて、無理な話なんだよ」
「まぁ……そうだろうけど。だから俺のところに来たのか?」
「うん。でも岸谷くんだけじゃなくて、いろんな人に袴田くんのことを聞きたいって思ってる」
「……本気か? アイツが関わった奴なんて沢山いるし、時間がかかるぞ」
「だから、岸谷くんが知っている中で一番近かった人と話がしたい。二人を助けたいの、お願い!」

 私は勢いよく頭を下げる。岸谷くんは葛藤しているようで、しばらく沈黙が続いた。

「許すんだな? 未遂でも、吉川がお前にしたことは犯罪だぞ」

 岸谷くんの声は、どこか怒りが込められているようだった。袴田くんのことも、意味のない喧嘩をさせられてきたことも全部を考えた上で、吉川さんを許すわけにはいかないのだろう。
 それは私だって同じだ。袴田くんが助けにきてくれなかったら、私はあの壊れたフェンスと一緒に落ちて地面に叩きつけられていたのだ。そう簡単に許せるわけはない。
 だからって袴田くんのやり方は間違ってる。

「私は生かして償わせるべきだと思うから、袴田くんを止めたい」

 頭を下げたままだから、彼がどんな顔をしているかわからない。協力できないと言われてしまえば終わりだけど、それもまた仕方がないだろう。出方を伺っていると、頭の上から大きな溜息が聞こえた。

「ったく……そんなこと言われちまったら、協力しない訳にいかねぇだろ」

 ゆっくりと顔を上げると、岸谷くんは不敵な笑みを浮かべていた。

「じゃあ……!」
「けど、俺よりももっとよく袴田のことを知っている人がいる。まずはその人に聞くべきだ」
「そうなの?」
「ああ。俺らが入学した当初、よく袴田を気にかけていた先輩が定食屋で働いてる。三日後の金曜日ならいるはずだから行ってこい。金曜日なら次の日休みだし、文化祭の準備で遅くなるって理由をつけられるだろ。その間に俺は他の奴等から袴田が生きているときに巻き込まれたトラブルがあったか探ってみる。出身の中学もここからそう離れていないし、何かわかるかもしれない」
「そ、そうかもしれないけど、さすがに急すぎない?」
「善は急げだ。向こうには俺から連絡しといてやるよ。あーそうだ、これ使え。そしたら先輩に用事だってわかるから。あと腹は空かしておけよ。白飯のおかわり自由だから」

 岸谷くんはスマートフォンのケースに挟んでいた『おんど食堂…特別券(野菜)五〇〇円』と書かれた、手のひらサイズの紙を渡された。端はボロボロで、使い込んだ跡がある。

「おんどしょくどう……?」
「先輩の名前は(おう)()(りょう)()(ろう)。――在学中に“最強の自由人”と謳われた変人だ」