失礼しまーす、と言いながら教室に入ってくると、佐野さんが近くの椅子を引っ張ってきて座るように促した。三人寄れば文殊の知恵、ということか。
 佐野さんが先程までの話を簡単に説明すると、船瀬くんは荷物を抱えたまま首を傾げた。

「なるほど……かなりアグレッシブな人ですね。仮に岸谷先輩だったら、不良のまとめ役を担っている時点で可能性は低そうですが……」
「だから例え話だし、特定するゲームじゃないから。……それで、船瀬くんだったらどうする?」
「僕だったら頭突きしてでも止めます」

 アグレッシブなのはどっちだ。

「先輩たちも知っているように、僕は思い込みが激しいです。被害妄想も酷くて、つい最近まで他人を疑ってばかりでした。でもある人に言われて目が覚めたんです。何よりも劣っていると思っていた自分にも武器がある……ただの考えすぎから繋がった結果です。もしやられ返されたら、向こうが冷静になるようなことをします。井浦先輩の知り合いが話を聞いてくれないようであれば、僕が前に出ましょう。もちろん、話を聞いてから。頭突きは奥の手に過ぎません」
「……頭突きをした時点で大抵の人が冷静になると思うけどね」

 夏祭りの一件で袴田くんと何かあったようだけれど、詳しいことは聞いていない。それでも彼を変えるきっかけを作ったのは、間違いなく袴田くんだろう。

「そうだ、先輩に僕直伝の頭突きを伝授しますよ! 不審者に後ろから羽交い絞めにされても抜け出すコツもあわせてお教えします!」
「え!? あ、いや……」
「それは私も知りたいっ!」
「もちろんです。まずはですねー……」

 どこからその流れになったのか、いつの間にか船瀬くんから頭突きを教えてもらうことになってしまった。これは石頭であるからこそできる芸当であって、簡単にできることではない。それに後ろから羽交い絞めにあったとしても、頭突き以外にも方法はある。
 「佐野先輩、角度はもう少し後ろです!」「こ、こう?」と真剣に練習している二人を眺めていると、先程まで深く考えすぎていた自分に呆れた。この会話が、この空気がすべて私の荷を軽くするためのものだと分かった途端、思わず声に出して笑ってしまう。二人はキョトンとした顔でこちらを見ていたけど、すぐににんまりと頬を緩ませた。

「もう大丈夫そうですか?」
「うん、ありがとう。……やること、わかった気がする」

 私は鞄に必要なものを詰め込んでまとめると、背負いながら言う。

「二人に相談してよかった。後は私が頑張ってみる」
「……そっか。なんかあったら戻っておいで! 話ならいくらでも聞くからさ」
「僕も聞きますから!」
「ありがとう。それじゃ、また明日」
「頑張れーっ!」

 二人に押してもらった背中を、無駄にしない。
 私は二人を置いて教室を後にする。後ろから「金髪の先輩のことを聞きそびれた!」と船瀬くんの嘆く声が聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにした。