しかし、どうして一年もの間、袴田くんは彼女の魂を食べずに保管していたのだろう?
 あのビー玉は魂そのものと、彼自身が言っていた。体内に取り込むだけで死に直結するのなら、その代償として袴田くん自身にも影響があるのかもしれない。それとも、取り込んだことで成仏ができないと思ったから、今まで人のものを食べて紛らわせていたのか。考えれば考えるほど混乱する。

「井浦ちゃん? 大丈夫?」
「……へ?」

 気づいた時には、目の前にスクールバッグを肩に掛けて立っている佐野さんがいた。すでに教室はがらりとしていて、私と佐野さん以外誰もいない。教卓の上には文化祭委員が持ってきた模造紙が散乱している。誰も片付けずに帰ったらしい。

「佐野さん、ホームルームは……?」
「随分前に終わったよ。先生に受験のことで呼び出されて職員室から戻ってきたら、井浦ちゃんがボーッとしてたんだもん。びっくりしちゃった」
「……そんなに時間経ってた?」
「そうだよ。気付かなかった? ……井浦ちゃんのことだから、別のことを考えていたんでしょ?」

 フフッと小さく笑って、佐野さんが近くの席から椅子を引っ張ってきて座ると、机に肘をついて聞いてくる。

「なんかあった? 心ここにあらずって顔してるよ」 
「……何でもないよ。ボーっとしてただけ」

 内容が内容なだけに、他人に相談できるようなものではない。私が黙っていると、見かねた佐野さんは小さく溜息をついた。

「前に井浦ちゃん言ったよね?『私は佐野さんが思っているような人間じゃない』って。確かにあの時は強引に連れ出したこともあって、信用してもらえなかっただろうし、私も井浦ちゃんのことわからなかったけどさ。一緒に放課後に寄り道して沢山話して、テスト勉強一緒にやって、夏祭りでかき氷まで売った。結構濃い時間だったと思わない?」
「……思う」
「でしょ? だからもうわかるよ。井浦ちゃんが――ううん、楓が他人のことを考えすぎてパンクしてること」

 ――佐野さんはいつもそうだ。周りをよく見ていて、誰かの表情を察して、話を聞いてくれる。船瀬くんが脅されていた時も、夏祭りで危ない目に遭った時も泣きながら叱ってくれた。人の為を思って、自ら悪役になれる人だと思う。