「――ってことがあったんだよ」

 翌日、授業前に屋上の給水タンクの近くに座って、一緒についてきた袴田くんに吉川さんのことを話した。お礼を言われたのは私だが、彼が私の身体を乗っ取らなければ、もっと悲惨なことになっていたはずだ。
 しかし、袴田くんはしかめ面で首を傾げた。

『岸谷が吉川につきまとってた、ねぇ……』
「……でもちょっとわかるかも」
『は? なんで?』
「だってあんな優しくて強くて美人さんはなかなかいないよ。私が男だったら速攻で惚れてたね」
『男の一人も作れねぇ奴が何言ってんだか』

 袴田くんはつまんねぇ、と呟いて給水タンクの上で器用に昼寝を始めた。幽体とはいえ、不安定な場所で普通に寝るから、地面に落ちないのが不思議で仕方がない。
 袴田くんが昼寝を始めたことで、屋上が途端に静かになる。
 すると、校舎へと繋がる扉が静かに開いて誰が入ってきた。

「……井浦、だっけ」
「へ?」


 意外にも私に声をかけてきたのは、あの岸谷くんだった。

「どうして……」
「教室に行ったらいなかったから。サボる奴の溜まり場といえば屋上だろ」

 どこかで聞いた覚えのある話をして、岸谷くんは「隣、いいか?」と聞いてくる。私は少し横にずれてスペースを作ると、彼は黙ったまま隣に座った。気まずい空気が流れ、そっと彼を見ると、この間の時に比べて、どこかげっそりした顔つきをしている。

「えっと、大丈夫?」
「え?」
「いやっ! その……元気ないなって思って」
「あー……すっげー馬鹿なことしたなって後悔してんだよ」
「……吉川さんのこと?」

 岸谷くんは小さく頷いた。

「苛立ちで我を忘れた挙げ句、女子に殴りかかったんだ。いくら腹が立っていても、こんな格好悪いことするなんてさ。お前が飛び出してこなかったら、もっと危なかったと思う」