船瀬淳太は絶望していた。
 高御堂の標的が目の前で自ら犠牲になろうとする井浦に移されると、彼は慌てて羽交い絞めしている南雲の生徒の腕を振り払おうと抵抗した。しかし、体格差に加え一度は抵抗を止めていた彼にとって、まな板の鯉と同じだった。

「……や、止めて、ください……!」

 恐怖で震えた声はか弱く、井浦に向かって手を伸ばそうとする高御堂に訴えても届いていない。

(僕のせいだ。僕が彼らと関わったからこんなことになってしまった……!)

 不本意だったとはいえ、巻き込んだことに変わりはない。
 なぜ彼らは他人を傷つけるのか。なぜ自分ではないのか。――考えれば考えるほど答えなど浮かぶはずもなく、目の前が真っ暗になっていく。

「……死んで、しまえばよかった……っ!」

 こんなことになる前に、自分がこの世からいなくなってしまえばよかった。
 不意に零れた言葉が近くにいた南雲の不良たちの耳に入ると、一斉にゲラゲラと笑い出す。

「オイオイ、死ぬ気もないのにそんな事言うなよ。大体、お前が死んだら俺らが困るじゃん」
「そうそう。学校内のイジメとかで片付けばいいけど、俺達と関わっちゃってるんだからさぁ? 周りの迷惑も考えてほしいワケ」

 船瀬はそれを聞いて、さらにどん底に突き落とされた気分になる。
 自分さえ良ければいい、他人のことなどどうでもいい。――彼らはいとも簡単に「死ね」と口に出せる奴らであったことを思い出した。犯罪すれすれの行動をスリルと呼び、犯した時に「ただの遊び」だと片付ける、卑劣な奴らだったと。
 その時、船瀬の中で沸々と怒りが込み上げてきた。
 井浦は身を徹してまで守ってくれようとしているのに、どうしてこんなに自分は無力なんだろう。
 悔しさから溢れてくる涙が頬を伝って地面に落ちていく。しかし、どれだけ涙を流し命乞いをしてもこの現状が変わるわけではない。
 今の自分ができるのは、彼女が傷つく姿を目の前で見ながら、助けが来るのを待つしかない。