「い……っ!?」
「覗きは良くないね。噂は聞いていたけど、さすが“袴田の後釜”ってところか。その勇敢な心意気には恐れ入ったよ。まさか本当に君だったなんてね」

 腕に指一本一本が食い込むほどの握力は、以前袴田くんに肩を掴まれたときのことを連想させた。振りほどこうとしても、到底敵わない。強引に引っ張られて対面すれば、あのブザーの彼が怪しげに微笑んだ。

「あれ、そんなに驚いてないみたいだね。もしかして気付いていたの? いつから?」
「……別に、気付いていたわけじゃないよ。最初から違和感があっただけ」

 初めてブザーの彼が現れたあの日、南雲の不良たちは非道にも、船瀬くんが北峰の不良が近くにいないときを見計らったのだと思った。男子だと反撃されるかもしれないし、脚の早い人がその場から立ち去って応援を呼んでくるかもしれない。その代わり、一人のときや女子がいるときに立ちふさがれば、船瀬くんは自ら前に出ると高を括っていたのだろう。
 しかしあの時、前に出たのは私だった。これは彼らも想定外だったのだろう。だから遠くで様子を伺っていたブザーの彼が「通りすがりに助けてくれた良い人」を買って出た。

「少し走れば交番も駅もある場所で、不良たちがこんなくだらないことをするのが不思議だった。休み前に起こした岸谷くん監禁して、学校からお目玉くらってるのに、自らバカな事に突っ込んでいくとは思えなかった。……それが、気持ち悪いほどずっと引っかかっていた違和感だよ」

 そう。いくら私が幽霊(仮)の彼と会話したり、身体に取り憑かれたりするといった、日常にしては異色な、非日常を過ごしていたとしても、こればかりはぞっとする。
 すると彼はつまらなさそうに小さく舌打ちをすると、さらに指に力を込めた。

「女子ならこういう顔好きだから、上手く行くと思ったんだけどなぁ。実際に他の二人はかっこいいって言ってくれてたのに。君だけは引っかからなかったね」
「それはきっと、私の理想像にそのお面が当てはまらなかったからだね。女子が全員、同じ思考だなんて思わないで」
「とんだひねくれものじゃないか。……うん。悪くない」
「井浦先輩!」

 引きずり出されたことによって、船瀬くんと南雲の生徒たちがこちらに気付いた。
 羽交い絞めを何とか抜け出そうとして抵抗する船瀬くんを見て、すぐに戻っていればよかったと後悔する。

「そんなに暴れたら、せっかく治ってきた右腕がまた折れちゃうよ、船瀬くん」
「どうしてあなたがこんなことを……! あの時、僕たちを助けてくれたじゃないですか!」

 必死にもがく船瀬くんがブザーの彼に訴えると、南雲の生徒たちが顔を見合わせて一斉に笑いだした。

「助けてくれた……? そんなこともあったなぁ!」
「ああ、あれは笑ったわー。(あきら)の演技は女子やガキがよく騙される。確かに、お前みたいな有名人が裏でこんなことしてるなんて、誰も思わねぇよ」