おそらく船瀬くんは、以前助けられた金髪の人物が袴田くんだとわかっていない。町でも有名だったとはいえ、ここまで来るとなると、噂が広がった地域から離れているのかもしれない。それは仕方がないことだ。
　だから交通事故で亡くなったことも知らないのだろう。とはいえ、「死んだ」の一言で片付けられる話ではないことを、私と岸谷くんは知っている。それに姿が見えないとはいえ、袴田くん本人がすぐ近くにいる。声も出せる。……自ら命を落とした理由も、きっと。
　「えーと、それはだな」と無理やり言葉を続けようとする岸谷くんに、何かを察した佐野さんが遮った。

「袴田って確か、北峰で一番強いことが知れ渡っているから厄介なんだよね？」
「あ、ああ！　そうだ。奴らは袴田の不在を知っている。もし騒ぎを起こせば戻ってくるかもしれない……それを踏まえて慎重に行動している可能性がある！」
『必死のフォロー、ウケるんだけど！』

　きっと今、岸谷くんには彼の笑い声が聞こえているのだろう。盛大に笑い転げる袴田くんに対し、冷や汗をかきながらも必死に作り笑いをして後輩に「袴田は諸事情でいないんだ」と説明した。ここでなら亡くなった、といっても良かったかもしれないが、もしかしたら、岸谷くんの中で死んだことにしたくないのかもしれない。なかなか不自然な話の繋げ方だったが、船瀬くんは「そうなんですね」と深刻そうに眉をひそめた。

「それって結構ヤバくないですか？　だって最強の不良に勝つために秘策を考えているなら、卑劣な方法も取っているかもしれませんよね？」
「ああ。だから夏休み前から風紀委員が動いていたんだ。そしておそらく、この間の件で奴らは少しでも関わった奴を見つけて人質にでもされたら困る。特に船瀬は俺から離れるなよ。絶対守ってやるから」

　岸谷くんの真っ直ぐな言葉に、船瀬くんがぎこちなく首を縦に振った。
　学校の、ましてや何十年前の生徒が残した喧嘩の風習は、本当に必要なものなのだろうか。関係のない生徒まで巻き込まれるたびに彼らの横顔が辛そうに見える。絶やしたっていいはずなのに、どうしてそこまで喧嘩にこだわるのか。

「なんか男の子って感じね。少年漫画みたい」

　こそっと耳打ちをする佐野さんは楽しそうに笑う。漫画のような爽やかさはないと知っているのは、きっと私だけなんだろう。この時ばかりは、適当に相槌を打つしかできなかった。