働き者で最低限の常識を持ち合わせている彼のことだからと、事前に佐野さんが苦い顔して危惧していたが、まさか本当にやっているとは。溜息をつくほど呆れたが、その反面、彼らしいとも納得してしまう。

「ただいま戻りましたー……って、船瀬じゃん!」

 話をしているうちに、ステージに飛び入り参加していた野中くんと町内会の人が戻ってきた。満面の笑みを浮かべているところを見ると、随分満足したようだ。

「なんだ、こっち来てたのか。さっきのステージ観てた?」
「観てたよ、野中は漫才できるんだな」
「俺は元気と大声で乗り切っただけだからな! オオハシさんが助けてくれたんだ」
「いやいや、即興にネタを作ったにしては上々の出来だったよ。野中くんは器用だね」
「へへっ! 今度は船瀬も一緒に出ようぜ!」
「え……僕も!?」
「おう! 案外ノリで行けるって。強制はしないけど、やってみるチャレンジも必要だろ?」
「そうだけど……あ、じゃあ僕は壁の花をやるよ!」
「いやいや、そこは一緒にやろうぜ」

 クラスメイトが来たからか、いつも敬語交じりに話す船瀬くんが緊張しながらも砕けた口調で話す。学年も教室も離れているから、この光景がとても新鮮だった。

「キッシー、早く食べないとせっかく作ったかき氷が溶けちゃうよ?」
「食べる、食べるから!」
『岸谷、俺がイチゴ味食べれないの知ってて選んだのか? せめてコーラにしろよ』
「知るか! しかもコーラかけたかき氷って、ただのコーラじゃねぇか! ってこら、食べんな!」

 それとは反対に、まだ袴田くんと岸谷くんは言い合っていたらしい。面白がっている袴田くんに向かって怒鳴り散らす。なんとなく微笑ましい光景は、私以外にはただの一人漫才にしか見えない。カウンター越しから佐野さんがもの珍しそうに眺めていた。

「岸谷先輩って、あんな人だっけ? もっと怖い人だと思ってたよ」
「さすが学校一不憫な人……」

 ボソッと聴こえた後輩の言葉に、私は岸谷くんにいたたまれないになる。まさか私の発言でここまで後輩に印象付けてしまうとは思わなかった。
 そろそろ袴田くんの絡みから解放してあげないと可哀想だと思い、岸谷くんに声をかける。

「と、ところで! 岸谷くん、巡回の方はどう?」
「ん? ……ああ、今のところ問題はないな。ポイ捨てが目立つくらいだ。ただ……」
「ただ?」

 ようやく取り返したかき氷を食べながら、岸谷くんは急に神妙な顔つきになる。

「どうも静かすぎて気味が悪い。去年の今頃なら、とっくに南雲と北峰で殴り合いが始まってたんだ。あの時は袴田がいたからすぐ片付いたけど、今年は喧嘩の気配すら感じられない。駅近辺で南雲の生徒がうろついている情報が掴んでいるが、襲ってくる様子はねぇな」
「その……袴田って人を警戒しているからではないんですか?」
「ちょっ、バカ!」

 船瀬くんの問いに、すぐ野中くんが彼の口を抑えたが、岸谷くんは苦い顔をした。