「嫌いなら好きになればいいだなんて、疲れるだけじゃん。だったら自分がこれならできるって自負するものだけでいいと私は思う。突き詰めたらまた分からなくなるだろうし、自分の為なんだから急ぐ必要もない。でしょう?」
「……井浦先輩も、似たような事があったんですか?」
「……そうだね。あったよ。私の場合は大声を出しただけ」
「大声……? それだけで何が変わるって……」
「周りの目は変わらないけど、少なくとも自分の視界は変わったよ。だから船瀬くんも大丈夫」
「……先輩がそんなに自信を持って言い切れるなら、そうかもしれませんね」

 船瀬くんは少し考えてから力なく笑った。
 彼にはまだチャンスがある。購買室の行列を見て目を輝かせるほど、高校生活を楽しみにしていたのだ。入学初日から嫌な思いをしていても、まだ二年と半年も残っているのだから、今からでも巻き返せる。あとはタイミングだけだ。

「きっかけなんて何でもいいよ。朝早く起きるとか、ランニング始めるとか。授業の予習をするでも何でもいい。今ここで行動すれば、何か変わるかもしれないでしょう」
「そっか……そっか! じゃあ、明日の朝からランニングを始めてみます! 新聞配達の前に、十五分くらい走るとか……」
「……ちょっと待って、新聞配達ってなに?」

 聞き捨てならない単語に思わず彼を見る。右腕のギブスが取れた頃からカフェのアルバイトは許可されているが、掛け持ちは禁止だと病院から言われているのを、佐野さんを通じて聞いている。船瀬くんは慌てた様子で「ち、違うんです!」と続ける。

「ひ、人手不足で手伝いをしていただけです。近辺だけですよ? 怪我していることはおやっさんも知ってるし、止められてますから!」
「ふーん……」
「あ、今僕が約束を破ってバイトしてるって思ってません? カフェも配達も、責任者にちゃんと事情を説明したうえで働かせて貰ってますから。それにここ数年、なんでもデジタル化すればいいって方針になってきてますけど、やっぱり新聞って必要なんですよ。文字を読む習慣って大切ですから! 僕の親戚が住んでいる家の近所の新聞販売店で、しっかり働いてくれていた人が辞めてしまってから、本当に人手不足で――」
「わかった、わかったから。ちゃんと信じてるよ」