「……え?」
『あ、やべ。岸谷には見えてなかったんだ。井浦、よろしく』
「よろしくって……」

 なんて人任せな。
 つい最近まで姿を見せていたはずだと口を開こうとすると、袴田くんの横顔が一瞬、雲った顔をしているように見えて、思い留まった。夏休みに入ってからあまり顔を合わせていなかったせいか、こんな横顔をしていたっけ、と急に不安になる。

「この声……井浦、もしかしてアイツがいるのか?」
「え……う、うん。岸谷くんの隣にいるよ」
『くははっ! たまにはいいだろ』

 先程の表情から一転、いつもの袴田くんに戻ると、見えないことを良いことに悪戯を仕掛け始めた。やはり岸谷くんの目には見えていないようで、声だけを頼りにキョロキョロを見回している。
 ……私の思い過ごしか。

「…‥あの、井浦先輩。岸谷先輩は何してるんですか?」

 すぐ近くでシャリシャリと涼しげな音が聴こえてくる。いつの間にか佐野さんお手製のかき氷を食べている船瀬くんが隣に来ていた。もちろん、彼にも袴田くんの姿は見えていない。校舎裏での一件しか会っていない。一年生だから仕方がないけど、入学前に亡くなった最強の不良の存在は知らないようだった。

「あー……気にしなくていいよ」
「いつも眉間に皺を寄せていますけど、ああやって天然っぽいところを見せる先輩はギャップ萌えでも狙っているんですかね?」

 僕は楽しいですけど。と、微笑みながらかき氷を頬張る。喋る度に見える舌が、ブルーハワイの青色で染まっていた。