袴田くんが小さく口元を緩ませる。私が首を傾げると、彼は横目でこちらを見て鼻で笑った。

『偶然なんて、相当のことがない限り起こるわけがねぇって思っただけ』
「……偶然を装って、その場にいたかもしれないってこと?」
『真に受けんなよ。例え話だよ、例え話。それに南雲でそんな豪勢な名前、聞いたことがねぇ。俺がいた頃の話だけどな』

 袴田くんの例え話は何度聞いても嫌な予感がする。本当に偶然かもしれないし、必然だったのかもしれない。
 あの日以来、夏休みに入ったこともあって私が出歩いていないせいか、船瀬くんも南雲の生徒とは会っていないらしい。学校にいる間は岸谷くん率いる風紀委員の姿があるとはいえ、アルバイトの帰り道で鉢合わせしなかったのは少々気味が悪い。
 唸って考えていると、袴田くんはつまらなそうに横目で見てくるのに気づいた。

「え、なに?」
『タカドー、そんなにイケメンだったワケ?』
「……イケメンだったんじゃない?」

 佐野さん曰く。

「マッシュカットが似合う爽やか系だったよ。それがどうしたの?」
『爽やか王子系のイケメンに助けられるとか、マジで漫画の話じゃねぇの?』
「漫画だったらどれだけよかっただろうね」
『それが井浦に気があったとか』
「まさか。私が学校の屋上から飛び降りて、数メートル離れた先にある植え込みに叩きつけられても無事でいられるくらいの確率でありえないよ」
『くだらねぇ確率を出すな。何、お前イケメン嫌なの?』
「周りが濃すぎて常識人が異人に見えてしまう程度に」
『それもそうか。……ま、お前が屋上から飛び降りて助かる確率はほぼ百パーだ。安心しろ』
「なんで?」
『俺がいるからに決まってんじゃん』