あと数センチのところで、私は咄嗟に船瀬くんの左腕を引っ張ってこちらに引き寄せた。南雲の生徒の手は空振りに終わると、今度は私を睨みつけてくる。
 ここには袴田くんや岸谷くんのように、同じ穴の狢で話ができる人間がいない。かといって、船瀬くんが手を振り払うことによって「先に手を出したのはそっち」だと言いがかりをつけられ、大事になるかもしれない。
 この場を穏便に収められる人物がいない以上、私たちには逃げる以外の選択肢しかない。しかし、怪我人の船瀬くんと、怯えている佐野さん達を連れて、どうやって穏便にこの場を抜け出そうか。咄嗟のこととはいえ、相変わらず無謀なことをした。

「てめぇ……自分が何してるかわかってるのか?」
「……わ、私は彼の腕を引いただけです。それより、用がないならそこをどいてくれませんか? この近くに交番がありますし、今すぐ警察を呼ぶこともできます。……身に覚えのない理由で警察沙汰になるのは、お互い嫌でしょ?」
「ハッ! 女子のくせに脅しかよ。そうだよな、お前らは泣いておけば許されるもんな」
「……喧嘩しか脳がないアンタらみたいに、挑発に乗るほどバカじゃないよ」

 間髪入れずに言った言葉に、南雲の生徒は顔を真っ赤にした。
 全く、テンパっているときに自分の思った事を口に出してしまう癖がこんなにも治らないなんて。どうやら私は学習しないらしい。
 指の関節を鳴らして威嚇を始めた彼らは、今にも襲い掛かる雰囲気を醸し出している。今から岸谷くん電話をしても間に合わない。……というより、連絡先を未だに知らない。

「――耳を塞いでください!」