くはは、とお決まりの笑い声がする。身体は動かないながらも、私が頭を抱えていることなどお構いなしに、彼はこの状況を楽しんでいた。
 どうやって私の身体から出て行ってくれるのか、皆目見当もつかない。

「おいおい、そんなこと言うなよ。ちょっとは楽しめっての」

 聞こえていたのか、私の声で袴田くんが言う。
 一人喋りしたら変な奴に見られるから止めてよ!

「別にいいだろー。減るもんじゃねぇし」

 袴田くんはね。
 さっさと出てってよ。そして何が起こったのか、ちゃんと説明して。

「うるさっ……ちょっとくらいこのままでも……」

 は・や・く!

「……はいはいわかりましたよーっと」

 彼がそう言った瞬間、身体から何か重いものが抜けていく感覚がした。
 意識まで飛びそうになるのをなんとか堪えると、自分の身体を動かせるようになっていた。戻れたか確かめるように、両腕で抱き締めるようにして確認する。顔を上げれば、呆れた様子でこちらを睨んでくる袴田くんがいた。

「よかった……! ちゃんと戻れた!」
『うるせぇ奴だな……』
「うるさくさせたのは誰? ってかさっきの何したの!」
『あー……ほら、授業始まるから戻るぞー』
「話を逸らさないでよ! ……ってちょっと待って、この子どうにかしなくちゃ!」

 袴田くんが身体を乗っ取ったことで、殴られそうになっていた吉川さんのことをすっかり忘れていた。私が間に入ったタイミングですでに気を失っていたのか、彼女はコンクリートの床に倒れ込んでいた。強引に彼女を背中に乗せて保健室に運ぶと、養護教諭の先生は驚いた顔をしていた。
 何があったのかと問い詰められて、咄嗟に「屋上で寝ていたので連れてきました」と答え、制止する先生を振り切って次の授業に向かった。授業が終わったら来いとまで叫んでいたから、この授業中に言い訳を考えるしかない。
 私が教室に入ってきたとき、先生は物珍しそうな顔をしながら出席簿を修正する。

 この時、屋上であったことが脚色をつけられて校内中に広まり始めていたことを、この時の私は知らない。