「さっきの理由だけどな」

私が泣きやみ、落ち着いてきた頃、ようやく和臣との視線が重なった。いつもいつも優しい目を向けてくれる和臣が、口を開く。


理由?

なんの事か分からなくて、顔を傾ける私の体を、和臣がゆっくり起こす。


「抱かねぇってやつ」

「·····え?」

「はっきり言えば、そういう癖になるのがいやだったからだと思う」

「·····癖?」


そういうことをするのに、癖がとは?


「1回でもしたら、歯止めが無くなって会う度に毎回、密葉が欲しくなる。つーか、絶対やる·····。そういう癖がつきそうで怖かった」


会う度に·····。
抱いていまう癖。
それは男の人特有の考えなのかもしれない。正直、1度和臣と体を重ねたら、会う度にしたいと思うか私自身分からなくて。


「俺は密葉とやるために付き合ってんのか?って思いそうで。·····だから手ぇ出すの怖かった。けどそれで密葉が不安がってるとは思わなかった·····。·····さっき、怒鳴ってごめんな」


·····私と和臣は、やるために付き合ってはないから。それってすごく、私の事を思ってくれているのではないだろうか?


謝りながら頭を撫でる和臣は、「それともう1つ、これは根拠があるってわけじゃねぇけど」と、話を続ける。

「今回は初めっから密葉を見てたわけじゃねぇし、話を聞く限りのことしか分かんねぇけど」

「うん」

「密葉は多分、自分だけがって思ったら、こんな事になるんだと思う」


和臣は私の手を痛まないように優しく掴む。
もう血が出ていない手のひら。けどまだズキズキと痛みがあって·····。


「·····自分だけ?」

「うん、自分だけが楽しくっつーか、幸せになっていいのかって」

「··········」


言われて気づく、確かにそうかもしれないと。
和臣の部屋でなった時も、私だけこんなに幸せにでいいのかって思ってた。

今回も、侑李から離れて私だけが幸せに·····って思ったら·····。


「密葉は溜め込む癖があるから、そういうふうに考えて、一気に溜め込んだ分爆発するんだと思う」

「··········うん··········」

「付き合った日、昔の侑李の事を話してくれただろ?」


昔の侑李·····。
私が侑李を信じられず、殺しかけた話·····。
私が信じなかったから、発見がおくれた·····。


「その時のトラウマが、そうさせるんだろうな」

「·····トラウマ?」

「密葉が我慢する性格になったってこと」

「··········」


我慢する性格·····。


「友達とも遊ばねぇ、全部が侑李の時間。別にそれが悪いって事じゃねぇ。それが俺の密葉の好きな部分でもあるし。密葉の家族想いっつーのか。·····けど、他人の俺から見れば侑李の事に対しての罪悪感がそうさせてるようにも見える」

「·····罪悪感?」

「うん、でもこれは俺の意見だから、適当に聞いといてくれたらいい」


じゃあ私は、罪悪感で侑李のそばにいるというの?
だからその罪悪感で、侑李よりも幸せになってはいけないって無意識に思ってるってこと?

私のトラウマ··········。



「·····じゃあ、あたし··········。本当は侑李の事を嫌いかもしれないの·····?」


ポツリと呟く。

昔のことがあったから、罪悪感で、侑李のそばにいるっとことは·····そういうことなのでは?

私は両親を取る侑李に嫉妬して、弟と言ってもいいか分からない侑李が嫌いだった。


「違う、そうじゃない。密葉は侑李の事を好きだよ。嫌いな奴にここまで出来るわけねぇよ。そこは間違えるな」

和臣が真剣な表情で私を見つめる。


「··········うん·····」

「ずっとセーブしてたんだ、密葉が無意識に。こうなる事が分かってたから誰とも遊ばなかったし、付き合わなかった」

「··········」

私が無意識に·····。

「密葉だけの世界が、密葉の中にできてたんだよ」

「·····あたしだけの?」

「けど、そこに俺が加わった」

「··········」

「だから密葉は戸惑うようになった、突然入ってきた得体の知れないもんに」

「··········」

「俺と付き合ってからだろ?こういうふうになったの」

優しく手を掴む和臣が、傷口を優しく撫でる。

和臣が、得体の知れないもの·····?


「それは·····違うよ、和臣と付き合う前もおかしくなったよ?·····ご飯を食べなくなった·····」

「それは俺が密葉に付きまとってたからだ」

「··········」

「·····俺がずっと付き合う前に電話して、侑李に発作がおこって、侑李が苦しんでる間に密葉は·····、密葉だけが楽しんでるって思ったんじゃないのか?」


ドクン·····と、心がなる。
和臣の言っている事に理解できているから。どうして分かったの?と。

確かに私は、そんな事を思っていた。
私だけがって、その時も思ってた。

「俺と会う前はどうだった?」

どうって·····。


「少なくとも、今日みたいに、訳わかんなくなることは無かったんじゃねぇか?」


今日みたいに·····。
確かになったことはなく。
いつも思ってた、私は侑李のためならなんでもするし、侑李のためなら死ぬことだってって。

私の中に、他の人を入らせなかった。

私と侑李だけの世界·····。


告白してくた山本君だって、すぐに断った。山本君を私の世界に入らせようとしなかった。


そしてそれは家族もだった。
両親や兄を批判して、侑李以外の家族を·····侑李を大切にしてないって勝手に思ってた。


「だから、密葉がこうなったのは俺が原因。俺のせいなんだよ。俺が密葉を壊した」


和臣が私を?



「そんな事ないっ、それは違う·····!」


私は必死に否定した。
そんな事あるわけない。和臣のせいじゃない。
全ては侑李を信じない私が·····っ。ことの始まりだったのに。


私は食べなくなった。
でも和臣のおかげで、ご飯を食べるようになった。美味しいラーメンへ連れていってくれた。


和臣のおかげで、家族を見れるようになったんだよ。

和臣のおかげで、侑李の強さと優しさを知ったんだよ。


和臣のおかげで·····。



「密葉」

「絶対に違うっ、違うから!」

「俺が悪いっていうのは前から思ってた。俺はそれでも密葉を手放せない·····。実際、自分自身のことしか考えてねぇのは俺なんだよ」

「違う·····」

「だから密葉はなにも悪くない。悪くないんだよ、密葉が「私のせい」とか「私だけ」って思うのは、全部俺が密葉にさせた事」

「··········やめてっ」

「それを知らねぇふりして·····」

「やめて!!」


私は目の前にいる和臣の胸ぐらを掴んだ。
指先が痛い·····。


「やめろ密葉·····、離せ」

「いやっ、どうしてそういうこと言うの!? どうして和臣のせいにしようとしてるの!?」

「手痛てぇだろ、離せ」


だってそんなの、和臣と離れれば元通りの私に戻るって言ってるのと同じじゃない。
和臣と出会う前の私に·····。


「いやだ!別れない!別れないから!」


さっきまでは私が和臣は他の人とって思っていたのに。和臣からそう言われれば、嫌だって思ってしまう。


私が暴れなくなる方法。
おかしくなる前の私に戻る方法は、和臣と別れること·····。
侑李と2人だけの世界に戻る?


「密葉」

「やだ·····、そんなのいやっ」


こんなにも大切な人と別れるなんて。


「密葉、落ちつけ。誰も別れるって言ってないだろ?」


でも、そう言ってるように聞えて仕方がない。


「別れない、俺が密葉を手放すと思うか?」

「でもっ·····」

「··········俺が悪い。けどやっと手に入れた密葉と別れるとか考えられねぇ。卑怯だって思ってくれていい」


そんなの思えるわけがない。
どう考えたって和臣は悪くない。
どうして和臣が、自分のせいにするのかが分からない。

こんなにも私を思ってくれているのに、卑怯なんて言葉·····。


「それぐらい密葉が好きなんだ·····。あの日からずっと俺の気持ちは変わらない」

「··········うん·····」

「黙っててごめんな·····」

「和臣のせいじゃないよ·····」

「絶対に裏切らないから·····。離れても。だから密葉も俺を信じてくれ」

「·····うん」

「辛い思いさせてごめんな」


辛くないよ·····。
私はいつも、和臣がそばにいると幸せな気持ちになるんだよ。

和臣と出会って、幸せな気持ちを初めて知ったんだから。


私は、ずっと掴んでいた和臣の胸ぐらを離した。手のひらを見れば、少し血が滲み出ていた。


「この前、言ったことあるよね」

「え?」


私は、手のひらから、和臣の方へと顔をむけた。和臣は何を言ってるか分からないような顔をしていて。

「好きなってくれてありがとうって·····」

「··········」

「和臣と一緒だよ、これからもそれは変わらないから·····。ずっとずっと和臣の事が好きだから」

「·········うん·····」

「和臣も私を信じて····」



そう言うと、和臣は私の肩を掴み、痛いぐらいに私を抱き寄せた。

ギシギシと骨がなりそうになるぐらい抱きしまるから、少し声がもれそうになった。


和臣の胸元に引き寄せられたからか、ドキドキと和臣の心臓の音が耳に入った。



「··········会いにいく」

「うん」

「すぐに行くから·····」

「うん」

「·········ありがとうって言いたいのは俺の方だよ」

「·····和臣」

「好きになってくれてありがとう」


ずっと抱きしめる和臣に、私は笑った。



「どういたしまして」