「私は、逃げたよ。岡本君のこととられると思って、一回真っ向勝負せずに手紙を破って、挙句の果てに自分がやったってこと隠したよ。何度も何度も正直に言うことやめたよ」
「でも、最後は戻ってきた。俺は自己中だ。俺だったら黙り通してた。お前が言わなかったら結木がどれだけ苦しもうと墓場まで持っていくとこだった。お前はほんとにすごいよ」
自分がやったことはいけないことだってわかってる。消えない罪だって。
でも、彼といると心に抱えた傷が和らぐ。
「ありがとう。岡本君といると心が軽くなる」
「それは、俺もおんなじだ。お前の優しさに何度も救われた。俺はお前のことが好きだ。泣き虫なのも、頼み事を断れないのも。全部ひっくるめて好きなんだ。変わろうとしなくていい、その代わりもう無駄に傷つかないようにそばで守らせてくれないか」
収まり欠けていた心臓がまた暴れ出す。
ためらいもなく「好き」って言えてしまう岡本君は一体どんな神経をしているだろうか。
……でも、私も勇気を出して言ってみよう。
「私も、岡本君のこと好きだよ」
岡本君はちょっと照れたような顔をして視線を逸らした。
「好き」って軽々しく言えるくせに、言われるのはだめなんだ。
「俺に気使ってない?」
「使ってないよ。私は岡本君のことが好き」
私はまっすぐと岡本君の目を見て答えた。やっと伝えられた、偽りのない本当の気持ち。
「岡本君、これはね、気を使ってるとかじゃなくて私のわがままなんだけど」
「何?」
彼の真剣な眼差しが太陽の光に反射して淡い光を跳ね返す。
「琴乃に謝りたい。せっかく庇ってもらったのに台無しにするみたいで申し訳ないんだけど、でも、琴乃にだけは本当のこと伝えたい」
傷ついてもいい。大切な人に、一番の親友に嘘をつき続けるよりよっぽどいい。
「なんで俺に許可とるの?好きにやれよ。お前がやりたいようにやるべきだ」
「ありがとう」
教室を出て、走って屋上まで行く。
私が落ちこんだとき屋上に向ってしまうのは琴乃がそうだったからだ。
きっと彼女もそこにいる。
勢いよく屋上のドアを開ける。
驚いた琴乃は私に泣き顔を見られたくなかったのか、一瞬こちらを見ただけですぐにそっぽを向いてしまった。
「琴乃、話したいことがあるの。聞いてくれないかな」
私は琴乃から二メートルほど離れた屋上の端っこから話しかけた。
近づくと逃げられる気がして、無理に距離をつめるようなことはしなかった。
「謝らないといけないことが、二つある」
「うん」
琴乃は相変わらずこっちを見てくれないけど、ちゃんと話は聞いているようだった。
「あのね、私琴乃から預かった手紙の中身、見ちゃったの」
「……」
「あの日公園に来た琴乃が今までに見たことがないような幸せそうな顔してて、交流会で何があったのか知りたくなった。恋愛相談をされたのも初めてで、一番の友達だと思ってた琴乃が私の遠くに行っちゃったような気がした。手紙の中に私の知らない琴乃がいると思うと、開けずにはいられなかった」
「……」
「そしたらやっぱり私の知らない琴乃がいて。美人で器量のいい琴乃は、もう私になんて興味ないんだって悲しくなったの。私、琴乃にずっと嫉妬してた。今まで散々羨んできた人に、好きな人までとられると思うと耐えられなくなって」
重い唇を開き、震える声を絞り出す。
「私が手紙を破りました。ごめんなさい」
こぼれ落ちる涙にならって頭を下げる。
「……桜」
琴乃の声も震えていた。
「私だって寂しかったよ。私、桜が一緒にいてくれるのが当たり前だと思ってた。一緒にいられなってすごく寂しかった。一人になって桜がどれほど大切な存在だったか気づいた」
琴乃の足先が緩やかな回転をして私の方へ向いた。
「私ね、後悔してるんだ。何で手紙渡したりしたんだろうって。いつの間にか私は傲慢になってた。桜になら勝てるって、桜にわざと私の楽しそうなところ見せつけてた。嫉妬するように仕向けてたのは私なんだ。ひどいことしたなって思ってる。ごめんね」
驚きで頭を振り上げた反動で、舞い上がったおさげがパサリと音を立て、肩に落ちる。
「違う、私が勝手に嫉妬しただけで……」
「知ってたんだ。桜が岡本君のこと好きだってこと。私陸上部のマネージャーやってるし。二人が楽しそうにしてるところを何度も見てた」
そっか、そうだよね。
陸上部のマネージャーの琴乃が、私がベンチにいるのを見てないはずがない。
何でそんなことにも気づかなかったんだろう。飛んだ間抜けだ。
「だからかな、桜に負けるなんて考えてなかったから余計に火がついて、半分くらい嫌がらせのつもりで手紙預けたの。普段呼んだことなんて一回もないのにファーストネームまで使って。オーデションだって絶対勝てると思って持ち出した。自分に有利になる方法で勝負しようとした。はじめっからずるかったのは私なの。全部私の自業自得なの」
琴乃は私の手をとった。
「悔しかった。私の方が桜より上だと思ってた。それなのに部活でも、交流会でも、岡本は桜のことしか話さないもん」
私の手を柔らかく包む白い肌に涙が落ちる。
「でも、あの手紙を破ったのが桜なら、もう、はっきりしたね。岡本君が好きなのはやっぱり桜なんだ」
諦めたような、乾いた声だった。
もっと怒るかと思ってた。
仕返ししてやるって怒鳴られると思ってた。
穏やかすぎる彼女に私は平常心ではいられなかった。
もしかしたら教室に自分の手紙が無残に散った時から、彼女は悟っていたのかもしれない。自分の負けだと。
「普通に振られるより残酷だったかも」
ふわりと琴乃の口元が緩んだ。
「きっと桜にいじわるしたつけが回ったんだね。私は親友失格だよ」
「そんなことない!琴乃は私のこと守ってくれた。こんなに最低なことしておいて何言ってるんだって思われるかもしれないけど、もし、琴乃が許してくれるって言うんだったら、これからもずっと私の親友でいてほしい」
私は琴乃の手を握りしめる。
「許してもらえるなんて思ってない。でも、もし、もし、許してくるんだったら……」
「桜は、私のこと許してくれるの?」
「当たり前じゃん」
「こんな私でも、親友って言ってくれるの?」
私は力強く頷いた。
お互い少しずつ大人になっていくから昔みたいになんでもかんでも一緒ってわけにはいかないかもしれないけど、琴乃がいない学校生活なんてつまらない。
「ありがとう。私は桜のこと許すから、だから桜の親友でいさせてください」
琴乃が、私の大好きなクシャッとした笑顔を向けていた。ああ、この笑顔だ。私が大好きなのは。
「でも、最後は戻ってきた。俺は自己中だ。俺だったら黙り通してた。お前が言わなかったら結木がどれだけ苦しもうと墓場まで持っていくとこだった。お前はほんとにすごいよ」
自分がやったことはいけないことだってわかってる。消えない罪だって。
でも、彼といると心に抱えた傷が和らぐ。
「ありがとう。岡本君といると心が軽くなる」
「それは、俺もおんなじだ。お前の優しさに何度も救われた。俺はお前のことが好きだ。泣き虫なのも、頼み事を断れないのも。全部ひっくるめて好きなんだ。変わろうとしなくていい、その代わりもう無駄に傷つかないようにそばで守らせてくれないか」
収まり欠けていた心臓がまた暴れ出す。
ためらいもなく「好き」って言えてしまう岡本君は一体どんな神経をしているだろうか。
……でも、私も勇気を出して言ってみよう。
「私も、岡本君のこと好きだよ」
岡本君はちょっと照れたような顔をして視線を逸らした。
「好き」って軽々しく言えるくせに、言われるのはだめなんだ。
「俺に気使ってない?」
「使ってないよ。私は岡本君のことが好き」
私はまっすぐと岡本君の目を見て答えた。やっと伝えられた、偽りのない本当の気持ち。
「岡本君、これはね、気を使ってるとかじゃなくて私のわがままなんだけど」
「何?」
彼の真剣な眼差しが太陽の光に反射して淡い光を跳ね返す。
「琴乃に謝りたい。せっかく庇ってもらったのに台無しにするみたいで申し訳ないんだけど、でも、琴乃にだけは本当のこと伝えたい」
傷ついてもいい。大切な人に、一番の親友に嘘をつき続けるよりよっぽどいい。
「なんで俺に許可とるの?好きにやれよ。お前がやりたいようにやるべきだ」
「ありがとう」
教室を出て、走って屋上まで行く。
私が落ちこんだとき屋上に向ってしまうのは琴乃がそうだったからだ。
きっと彼女もそこにいる。
勢いよく屋上のドアを開ける。
驚いた琴乃は私に泣き顔を見られたくなかったのか、一瞬こちらを見ただけですぐにそっぽを向いてしまった。
「琴乃、話したいことがあるの。聞いてくれないかな」
私は琴乃から二メートルほど離れた屋上の端っこから話しかけた。
近づくと逃げられる気がして、無理に距離をつめるようなことはしなかった。
「謝らないといけないことが、二つある」
「うん」
琴乃は相変わらずこっちを見てくれないけど、ちゃんと話は聞いているようだった。
「あのね、私琴乃から預かった手紙の中身、見ちゃったの」
「……」
「あの日公園に来た琴乃が今までに見たことがないような幸せそうな顔してて、交流会で何があったのか知りたくなった。恋愛相談をされたのも初めてで、一番の友達だと思ってた琴乃が私の遠くに行っちゃったような気がした。手紙の中に私の知らない琴乃がいると思うと、開けずにはいられなかった」
「……」
「そしたらやっぱり私の知らない琴乃がいて。美人で器量のいい琴乃は、もう私になんて興味ないんだって悲しくなったの。私、琴乃にずっと嫉妬してた。今まで散々羨んできた人に、好きな人までとられると思うと耐えられなくなって」
重い唇を開き、震える声を絞り出す。
「私が手紙を破りました。ごめんなさい」
こぼれ落ちる涙にならって頭を下げる。
「……桜」
琴乃の声も震えていた。
「私だって寂しかったよ。私、桜が一緒にいてくれるのが当たり前だと思ってた。一緒にいられなってすごく寂しかった。一人になって桜がどれほど大切な存在だったか気づいた」
琴乃の足先が緩やかな回転をして私の方へ向いた。
「私ね、後悔してるんだ。何で手紙渡したりしたんだろうって。いつの間にか私は傲慢になってた。桜になら勝てるって、桜にわざと私の楽しそうなところ見せつけてた。嫉妬するように仕向けてたのは私なんだ。ひどいことしたなって思ってる。ごめんね」
驚きで頭を振り上げた反動で、舞い上がったおさげがパサリと音を立て、肩に落ちる。
「違う、私が勝手に嫉妬しただけで……」
「知ってたんだ。桜が岡本君のこと好きだってこと。私陸上部のマネージャーやってるし。二人が楽しそうにしてるところを何度も見てた」
そっか、そうだよね。
陸上部のマネージャーの琴乃が、私がベンチにいるのを見てないはずがない。
何でそんなことにも気づかなかったんだろう。飛んだ間抜けだ。
「だからかな、桜に負けるなんて考えてなかったから余計に火がついて、半分くらい嫌がらせのつもりで手紙預けたの。普段呼んだことなんて一回もないのにファーストネームまで使って。オーデションだって絶対勝てると思って持ち出した。自分に有利になる方法で勝負しようとした。はじめっからずるかったのは私なの。全部私の自業自得なの」
琴乃は私の手をとった。
「悔しかった。私の方が桜より上だと思ってた。それなのに部活でも、交流会でも、岡本は桜のことしか話さないもん」
私の手を柔らかく包む白い肌に涙が落ちる。
「でも、あの手紙を破ったのが桜なら、もう、はっきりしたね。岡本君が好きなのはやっぱり桜なんだ」
諦めたような、乾いた声だった。
もっと怒るかと思ってた。
仕返ししてやるって怒鳴られると思ってた。
穏やかすぎる彼女に私は平常心ではいられなかった。
もしかしたら教室に自分の手紙が無残に散った時から、彼女は悟っていたのかもしれない。自分の負けだと。
「普通に振られるより残酷だったかも」
ふわりと琴乃の口元が緩んだ。
「きっと桜にいじわるしたつけが回ったんだね。私は親友失格だよ」
「そんなことない!琴乃は私のこと守ってくれた。こんなに最低なことしておいて何言ってるんだって思われるかもしれないけど、もし、琴乃が許してくれるって言うんだったら、これからもずっと私の親友でいてほしい」
私は琴乃の手を握りしめる。
「許してもらえるなんて思ってない。でも、もし、もし、許してくるんだったら……」
「桜は、私のこと許してくれるの?」
「当たり前じゃん」
「こんな私でも、親友って言ってくれるの?」
私は力強く頷いた。
お互い少しずつ大人になっていくから昔みたいになんでもかんでも一緒ってわけにはいかないかもしれないけど、琴乃がいない学校生活なんてつまらない。
「ありがとう。私は桜のこと許すから、だから桜の親友でいさせてください」
琴乃が、私の大好きなクシャッとした笑顔を向けていた。ああ、この笑顔だ。私が大好きなのは。
