気まずくてしばらく目を伏せたままでいたが、いつまでもそうしているわけにはいかず、二人の様子を探ってみる。
琴乃も、しばらく視線を床に注いでいたが、焦点を当てる場所を探りながら顔をあげた。
「……岡本」
口火を切ったのは琴乃だった。
「私、岡本のことが好きです。回りくどい方法はやめます。ここで直接言います。だから、岡本も直接答えてください」
琴乃の言葉を聞いていた岡本君が目をしばたかせた。
「結木、俺こそ遠回りばっかりで悪かった。でも、わるい。結木とは付き合えない」
岡本君は改めて琴乃に頭を下げた。
「わかった。ありがとう」
琴乃は静かに微笑んだ。
長いまつげの上で滴が揺れる。
そして、少し一人になりたいからといって教室を出て行ってしまった。
「岡本君!」
二人になるや否や私は岡本君にかみついた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
岡本君は近くにあった席に腰を下ろし、窓の外を眺めながら独り言のように話し出した。
「俺はな、最低な人間だ。清廉潔白な人間のふりをしておいて、実は贔屓で欲張りで計算高い人間だ」
「そんなことない。だって、岡本君は私を庇うためにやってもない罪を被ろうとしてくれた。その手紙ね、本当に私がやったの」
もう何も隠そうと思わない。
何もかも正直に話して嫌われるのならそれでいい。
身を挺して守ろうとしてくれた岡本君には、それくらいしないと割に合わない。
「琴乃がかわいそうだから庇ったわけじゃないの。本当に私がやったことなの。だから正直に打ち明けただけ。もし勘違いして私を庇ってくれたんだったら、今でも間に合うよ。みんなに言いに行こう」
手を引こうと近づいた。差し出した腕を岡本君は掴んで、逆に私を引き寄せた。
「知ってる。全部知ってる」
「え?」
「ベンチでお前と話した時、お前の手に手紙が握られてるのに、実は気づいてた。恥ずかしながら、俺はお前から告白してくれるもんだと思って。笑っちゃうだろ?」
笑えない。
「でも、何も言われなかったからお前の跡追いかけた。そしたらお前が教室で手紙を破ってた。てっきりコクるの恥ずかしくなって諦められたのかと思ったんだ。だから、お前が帰った後捨てた手紙拾って読んだ」
膝から力が抜けていく。
「だったら、全部知ってたならなおさらだよ。私を庇う理由なんてどこにも……」
「お前が好きだからだよ!」
「え?」
意味が分からない。下駄箱で岡本君は言っていた。
人の気持ちを踏みにじるような奴は大っ嫌いだって。
「嘘だ」
私の口から自然と言葉がこぼれる。
「嘘じゃない」
「だって、岡本君にとってお姫様は琴乃だって」
「そうするべきだって俺の理性では思ってただけだ。あんな投票間違ってるって。でも、本心ではお前と一緒にやりたかった。きっとお前と一緒に練習始めたら楽しくて流されるって思ったんだ。だから、俺は練習からもお前からも逃げてた。西宮がお前にちょっかい出すたびにどれだけ焦ったことか」
「なんでよ、琴乃の方がよっぽどいい。顔もかわいい。スタイルもいい。運動もできる。性格だって私よりいい。演技もできる。私は何も琴乃に勝てないのに」
「……」
岡本君はいつもの調子でそんなことないよ、とは言わなかった。
「やっぱりおかしい。私のこと傷つけないようにって噓ついてるんじゃないの。交流会の時だって琴乃のこと指名したじゃん。ずるいよ。気まぐれで私に優しくして、でも、本当は私になんて興味ない。琴乃に近づくためだって分かってたけどさ、そんなに優しくされたら期待しちゃうじゃん」
情けないことにまた泣き出しそうになっていた。
ちょっとのことで泣いてしまう弱虫な自分が嫌で仕方ないのに、やっぱり感情のコントロールが効かなくなってしまう。
「あれは、……俺、ちょっと恥ずかしくて。本当に好きな人の名前を出せなかった。だから、結木の名前を出したんだ。女子の人数足りてなかったみたいだし、結木の名前をだせば立川もついてくるかと思って」
そう言われても、簡単に信じる気にはなれなかった。
岡本君のことを疑ってるわけじゃないけど、こんなにキラキラした彼が地味な私のことを好きになるということが理解できなかった。
「じゃ、じゃあ、カーテンの裏に隠れて琴乃にキスしたのは?」
「あれは、演技練習の一環で……」
「私には、しなかったのに」
光咲たちの目配せから何となくそうなのかな、って思ってた。
でも、昨日の練習では、私にはしてくれなかった。私だってずっと待ってた。
でも、岡本君は一向にそんなそぶりも見せなかった。
「やっぱり、好きでもない人にはしたくないんだ」
「ペットボトルの飲みまわしを気にするような奴にそんなことできるわけないだろ」
「でも、……私、ずっと琴乃ばっかりズルいって。……また、琴乃に負けたって」
会話がかみ合っていない。
しかし、気持ちの整理がつかないままに言葉が口から飛び出してしまう。
「……お前、結木に嫉妬してんの?」
「するよ!当たり前じゃん。何やっても負けちゃうのに。好きな人までとられたら、嫉妬して当然でしょ」
「それじゃあ……」
立ちあがった岡本君は、涙声で言う私の両肩に手を回す。
「ん!」
柔らかいものが唇に押し当てられる。
思わずぎゅっと目をつむる。
こわばった体を大きな腕が抱きしめる感触がする。
頬は蒸気で濡れ、胸は激しく波打つ。
……キス、された?
ようやく私の頭が何が起きたのかを整理し始めた時、そっと押し当てられていたものが離された。
私は放心状態で、頭の中がぽーっとしていた。
「結木には頬にしかしてやらなかった。これで、お前の勝ちだな」
岡本君が優しく言った。言いがらもその腕は私の腰から肩のあたりまで引き上げられ、一層強く締めつけられる。
「なぁ、これで俺が本気でお前のことが好きって信じてもらえるか」
私はわずかに残された体の自由を使ってこくりと頷いた。
「俺だって怖かった。好きな人に嫌がられたくないから」
「嫌なわけないじゃん」
緊張はするけど。
小さく息づきながら、そっと彼の体に腕を回す。
琴乃も、しばらく視線を床に注いでいたが、焦点を当てる場所を探りながら顔をあげた。
「……岡本」
口火を切ったのは琴乃だった。
「私、岡本のことが好きです。回りくどい方法はやめます。ここで直接言います。だから、岡本も直接答えてください」
琴乃の言葉を聞いていた岡本君が目をしばたかせた。
「結木、俺こそ遠回りばっかりで悪かった。でも、わるい。結木とは付き合えない」
岡本君は改めて琴乃に頭を下げた。
「わかった。ありがとう」
琴乃は静かに微笑んだ。
長いまつげの上で滴が揺れる。
そして、少し一人になりたいからといって教室を出て行ってしまった。
「岡本君!」
二人になるや否や私は岡本君にかみついた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
岡本君は近くにあった席に腰を下ろし、窓の外を眺めながら独り言のように話し出した。
「俺はな、最低な人間だ。清廉潔白な人間のふりをしておいて、実は贔屓で欲張りで計算高い人間だ」
「そんなことない。だって、岡本君は私を庇うためにやってもない罪を被ろうとしてくれた。その手紙ね、本当に私がやったの」
もう何も隠そうと思わない。
何もかも正直に話して嫌われるのならそれでいい。
身を挺して守ろうとしてくれた岡本君には、それくらいしないと割に合わない。
「琴乃がかわいそうだから庇ったわけじゃないの。本当に私がやったことなの。だから正直に打ち明けただけ。もし勘違いして私を庇ってくれたんだったら、今でも間に合うよ。みんなに言いに行こう」
手を引こうと近づいた。差し出した腕を岡本君は掴んで、逆に私を引き寄せた。
「知ってる。全部知ってる」
「え?」
「ベンチでお前と話した時、お前の手に手紙が握られてるのに、実は気づいてた。恥ずかしながら、俺はお前から告白してくれるもんだと思って。笑っちゃうだろ?」
笑えない。
「でも、何も言われなかったからお前の跡追いかけた。そしたらお前が教室で手紙を破ってた。てっきりコクるの恥ずかしくなって諦められたのかと思ったんだ。だから、お前が帰った後捨てた手紙拾って読んだ」
膝から力が抜けていく。
「だったら、全部知ってたならなおさらだよ。私を庇う理由なんてどこにも……」
「お前が好きだからだよ!」
「え?」
意味が分からない。下駄箱で岡本君は言っていた。
人の気持ちを踏みにじるような奴は大っ嫌いだって。
「嘘だ」
私の口から自然と言葉がこぼれる。
「嘘じゃない」
「だって、岡本君にとってお姫様は琴乃だって」
「そうするべきだって俺の理性では思ってただけだ。あんな投票間違ってるって。でも、本心ではお前と一緒にやりたかった。きっとお前と一緒に練習始めたら楽しくて流されるって思ったんだ。だから、俺は練習からもお前からも逃げてた。西宮がお前にちょっかい出すたびにどれだけ焦ったことか」
「なんでよ、琴乃の方がよっぽどいい。顔もかわいい。スタイルもいい。運動もできる。性格だって私よりいい。演技もできる。私は何も琴乃に勝てないのに」
「……」
岡本君はいつもの調子でそんなことないよ、とは言わなかった。
「やっぱりおかしい。私のこと傷つけないようにって噓ついてるんじゃないの。交流会の時だって琴乃のこと指名したじゃん。ずるいよ。気まぐれで私に優しくして、でも、本当は私になんて興味ない。琴乃に近づくためだって分かってたけどさ、そんなに優しくされたら期待しちゃうじゃん」
情けないことにまた泣き出しそうになっていた。
ちょっとのことで泣いてしまう弱虫な自分が嫌で仕方ないのに、やっぱり感情のコントロールが効かなくなってしまう。
「あれは、……俺、ちょっと恥ずかしくて。本当に好きな人の名前を出せなかった。だから、結木の名前を出したんだ。女子の人数足りてなかったみたいだし、結木の名前をだせば立川もついてくるかと思って」
そう言われても、簡単に信じる気にはなれなかった。
岡本君のことを疑ってるわけじゃないけど、こんなにキラキラした彼が地味な私のことを好きになるということが理解できなかった。
「じゃ、じゃあ、カーテンの裏に隠れて琴乃にキスしたのは?」
「あれは、演技練習の一環で……」
「私には、しなかったのに」
光咲たちの目配せから何となくそうなのかな、って思ってた。
でも、昨日の練習では、私にはしてくれなかった。私だってずっと待ってた。
でも、岡本君は一向にそんなそぶりも見せなかった。
「やっぱり、好きでもない人にはしたくないんだ」
「ペットボトルの飲みまわしを気にするような奴にそんなことできるわけないだろ」
「でも、……私、ずっと琴乃ばっかりズルいって。……また、琴乃に負けたって」
会話がかみ合っていない。
しかし、気持ちの整理がつかないままに言葉が口から飛び出してしまう。
「……お前、結木に嫉妬してんの?」
「するよ!当たり前じゃん。何やっても負けちゃうのに。好きな人までとられたら、嫉妬して当然でしょ」
「それじゃあ……」
立ちあがった岡本君は、涙声で言う私の両肩に手を回す。
「ん!」
柔らかいものが唇に押し当てられる。
思わずぎゅっと目をつむる。
こわばった体を大きな腕が抱きしめる感触がする。
頬は蒸気で濡れ、胸は激しく波打つ。
……キス、された?
ようやく私の頭が何が起きたのかを整理し始めた時、そっと押し当てられていたものが離された。
私は放心状態で、頭の中がぽーっとしていた。
「結木には頬にしかしてやらなかった。これで、お前の勝ちだな」
岡本君が優しく言った。言いがらもその腕は私の腰から肩のあたりまで引き上げられ、一層強く締めつけられる。
「なぁ、これで俺が本気でお前のことが好きって信じてもらえるか」
私はわずかに残された体の自由を使ってこくりと頷いた。
「俺だって怖かった。好きな人に嫌がられたくないから」
「嫌なわけないじゃん」
緊張はするけど。
小さく息づきながら、そっと彼の体に腕を回す。
