「おはよー、桜」

「おはよ」

 登校中、後ろから琴乃に声をかけられた。琴乃とはご近所さんなのでこうやって登校中に鉢合わせることは珍しくない。
 
 そして取り留めのない話をしながら学校に向かう。

「ねぇ!昨日の連ドラ見た?」

「連ドラ?」

「夜九時からやってるやつだよ。ほら、若手イケメン俳優って話題の鈴崎亜嵐が主演の」

「ええっ、ああ、あの『恋する(何とか)』ってやつ?あんまり面白くなかったかなー。私恋愛もの全然興味ないんだよね。なんか住んでる世界が違うっていうか」

 流行ってるものは興味がなかろうと一応見てみる。それが女子高校生の端くれとしてうまくやっていくために心がけていること。

「えーっ、めっちゃ面白かったじゃん!特に最後のシーンなんかキュン死するかと思った。電車に乗って行っちゃったと思ったら、実は待っててくれて告白するとか。反則技じゃない?」

「うーん、そうかなー」

 いまいちピンとこない。

「現実味がないんだよね。確かに俳優さんはかっこよかったけど、実際あんなイケメン学校にいないし」

 私の反論に琴乃は一瞬あー、っと考えるようなそぶりを見せる。

「いるよ、イケメン」

「嘘だぁ~。誰よ?」

「岡本香月とか?」

「あー」

 妙に納得してしまった。

 確かに彼のルックスならラブコメの主人公役に抜擢されてもおかしくない。なんといったって今まで芸能関係者に二回もスカウトされたことがあるらしい。

 でも、どうせキラキラ陽キャ界の世界の住人である彼が私みたいなのに関わってくることなんてないだろう。

 例え登場人物が揃っても、それにみあったシチュエーションが用意されていなければ物語は始まらない。天地がひっくり返ったって私にラブコメみたいな青い春は訪れない。

 百パーセント起こりえない出来事に共感してキュンキュンすることなんて不可能だし、それが出来ない自分が惨めになるだけだ。

「私、恋したくなっちゃったな」

「え!琴乃、恋するの⁉」

 夢見心地にいう琴乃にびっくりして、私は変な声を出してしまった。

「驚きすぎ。そりゃ、十八にもなれば恋の一つや二つするでしょ」

 琴乃はかわいい顔をゆがませてひどく笑っていた。

 あ……。

 この間、琴乃や光咲たちとカフェで話した帰り道。わざわざ本屋によって例の雑誌を開いてみた時に感じた足元がぐらつく感覚。嫌な浮遊感。

 最近の琴乃のセンスが変わったのは、その雑誌に載ってるモデルさんに寄せてるからなんだと知った、あの時と同じ感じだ。

 そっか、琴乃は私と違って美人で器用で頼りになる。私には来ない青春だってきっと琴乃にはやって来るんだろう。

「琴乃、変わったね」

 私はそれだけ言うと、いつもより速足で学校に向かった。