ダイアモンド・ダスト

 後悔と罪悪感に打ちひしがれた私を置いて、琴乃は教室を去って行ってしまった。

「やっとお邪魔虫がいなくなった」

「二度と戻ってこられないようにドアに箒立てかけておこうよー」

 光咲と彩夏がいじわるな笑い声を立てる。

 笑美は何も言わないがそそくさと掃除用具入れから持ち手の長い箒を持ってきて立てかけた。

「桜、ぼーっとしてないで始めるよ」

 彩夏が背中を押して初めの立ち位置に移動させようとしてきたが、私は踏ん張った。

「琴乃……泣いてた……」

 私は涙をにじませながら首を横に振った。

「ちょ、ちょっと桜。どうしちゃったの?」

 全く流れを汲んでいない私の行動に彩夏は戸惑う。

「琴乃の言う通りかもしれない。お姫様役をやるべきなのは私じゃないのかもしれない」

 震える声を絞り出す。

 光咲だって本当は琴乃の演技を認めているはずだ。

 私たちがどうするべきか、こんな形ではなく、しっかりと話し合ってきめようといえば分かってくれるかもしれない。

 勇気を出して伝えてみようと思った。

 しかし、返っていた声は氷のように冷たかった。

「桜、私が間違てるって言いたいの?」

 光咲の冷たい声が私に降りかかる。

 その瞬間、溶け出していた私の心がまた固まる。

 あ、そうだ。私は都合が悪くなったら捨てられる玩具に過ぎない。

 今は琴乃っていう共通の敵がいるから仲間に入れてもらえるけど、もし三人が琴乃と仲直りしたら……。

 また、私は独りぼっちになるかもしれない。

「ううん、ごめん。やっぱり自分が選ばれたことに自信が持てなくて」

 口を薄く広げて言った。

 嘘ばっかり。自分が選ばれたなんて微塵も思ってないくせに。

 インチキして勝ったようなもんだって、わかってるくせに。

 また、言えなかった。

 岡本君は琴乃を追いかけようとドアの方に体を向けたが、さっと私の後ろに西宮が歩み寄ったのを見て動きを止めた。

 西宮と岡本君の謎のにらみ合いが続いた後、岡本君は立てかけられた箒を外しただけでドアに背中を向けた。

 そしてそのまま黒板前の段差に腰掛ける。

「やるんなら早く始めるぜ」

 どうして、なんで、追いかけないの?

 彼らしくない行動に私は混乱した。

 岡本君だって、琴乃が間違ったことを言ってないのはわかってるはずだ。いつもの岡本君だったら西宮のことなんかお構いなしで琴乃のこと追いかけるのに。なんで……。

 私の戸惑いをよそに光咲や彩夏たちは目を輝かせていた。今まで練習に消極的だった岡本君が自分から練習に参加しようとしていることが嬉しいのだろう。

 私だって、今までどれほど、岡本君と練習することを望んできたか。

 けど、この状況でどういう風の吹き回しか分からない。

 琴乃の圧倒的な演技を見て、私は自他からの肯定を額面通りに受け取れなくなっていた。

 でも、もし、もし、本当に岡本君が私の演技を認めてくれたのだとしたら。

 それで気がかわったのだとしたら。

 ものすごくうれしい。

 やっと私は岡本君を振り向かすことができたということになる。

 結局、琴乃が大事なのか。自分が大事なのか。

 確実に私の中にある自分かわいさに負けて、岡本君のそばまで歩み寄った。

「よろしくね」

 私の言葉に岡本君が頷き返す。私は一気に何かに満たされた心地がした。

 しかし、彼が直後、

「どうかしてるな、俺も」

と額に手を当てたまま呟いたのを私は聞き逃さなかった。


 岡本君はやはり琴乃と毎日練習をしていたのだろう。すらすらとセリフが出てきているし、身のこなし一つ一つにキレがあってかっこよかった。まさにリアル王子様って感じ。

「立川、ほんとに練習頑張ったんだな」

 昼休みに岡本君がかけてくれた言葉には以前の優しさがほんの少しだけ戻っていた気がした。

 
 でも、私がトイレに行っていた数分の間に彼は教室から消えてしまっていた。

 まさかと思って窓から運動場を見下ろしてみると、運動場の右端に部室棟に向かう岡本君の姿が見えた。

 時計を見る。岡本君を追いかけて部室棟まで行って帰ってくる時間は十分にあるだろう。

 私は教室を飛び出した。