ダイアモンド・ダスト

そのまま時間は過ぎて、集合時刻の四時まで十五分を切った。

「岡本まだかなー。ここで待ち合わせってさっき連絡したんだけど。返信来ないし、電話もつながらないし」

ここにきて光咲は少し不安そうだった。

「あ、岡本君からそろそろつくってLINE来た!」

ずっとスマホの画面とにらめっこしていた笑美が「悪い、今から向かう」と打たれた画面を表示してみせた。

「よかった。じゃ、私ちょっとトイレ寄って来るから」

それを聞いた光咲がすかさず席を外す。

「あ、じゃあ私も!」

「私も」

彩夏も続き、手をこまねかれた笑美が一緒についていこうとする。

「お、じゃあ、オレと桜ちゃん二人っきりじゃん!……ってふぉあ、ひゃにしゅんひゃひょ」

嬉しそうに私の肩に腕を回そうとする西宮の頬を彩夏が引っ張って連れて行く。

「空気読みなさいよ、このバカ」

「あ、ええと……」

 私は急に取り残されてどうしていいか分からなくなる。なんか、すごく気を使われている気がする。

「お待たせ、あれ、みんなは?」

走って戻って来た岡本君だったが、私しか残っていないのを見て気まずそうに聞いてきた。

「その、トイレ行っちゃって」

「そうか」

「……」

「……」

 重い沈黙が流れていた。だんまりを決め込んで何も話そうとしない岡本君。時折時計を見て「遅いな」とつぶやくだけ。

 いつかの休日に二人でショッピングモールにお出かけしたときにはこんな空気にならなかったのに。私は私でどうしていいか分からずに口を閉ざす。

「……洋服、見た?」

余りにも沈黙が続くのでこちらから話しかけてみた。

「……ああ、まぁ」

「……どれがいい、とかある?」

岡本君は目をそらしたまま逡巡するように首を傾けた。

「いや、ごめん。俺、まだ整理ついて無いんだ。結木の件」

「……え」

あらぬ方向に話を持っていかれた。

「あんな感じで交代しちゃっていいのかって。自作自演だって言うのも信じられないし」

「そうだよね。私じゃやっぱり琴乃のかわりにはなれないよね」

「……いや……」

「……」

 再び訪れた沈黙をLINEの通知音が破った。「先に二人で集合場所に行ってて」という黒い文字が表示される。

「行こうか」

「うん」

 短い会話を交わしただけでまた無音。こんなに近くにいるのに、岡本君が何を考えているのか全く分からない。

 集合場所で三人と合流したとき、安心して体中から汗が噴き出した。

 大きい紙袋を三つも下げて戻って来た私に向って

「ちょっと、ちゃんと買い出しはしてきたんでしょうね」

と一人の女子が言ってくる。

「もちろん!」

 私の代わりに彩夏が胸を張る。買い出しの仕事をしたのは岡本君なんだけどな。

「全員揃ったね。じゃあ、帰ろう」

 私たちはぞろぞろと駅ビルを出てバス停に向かう。

 バスの中はくたびれたサラリーマンが数人乗っていて、あとは買い出しから戻るうちの学校の生徒でいっぱいだった。他のクラスの生徒も大勢乗っていた。

 学校に戻ったらすぐに解散になった。今日は駅中をたっぷり満喫したからということで、特に三人と寄り道することなく真っ直ぐに家に帰る。


 薄い影を追いかけながら私は一人で通学路を歩いた。

 静かなのは久しぶりだ。最近、私の隣には誰かしらいた。岡本君だったり、光咲や彩夏たちだったり。

 腕の下で揺れる紙袋による鈍いノックに感覚を浸らせつつ、ゆっくりと歩いていた。

 時折、世話しない足音が聞こえてくる。地元のランナーたちが夕方のトレーニングに励んでいる足音だった。

 今度もそうかと思って軽く聞き流していたら、私の真横で足音が止まった。

横を向くと、いつものように陽気な笑みを浮かべた西宮がいた。

「何?」

 穏やかだった私の心に波風が立てられるようで、多少態度は固くなってしまう。

「そんな紙袋ぶら下げてさぁ、桜ちゃん本当に楽しい?」

 西宮にしては真面目な眼差しだった。

「楽しいに決まってるじゃん。私ずっと一人だったんだよ。親友だと思ってた琴乃にまで置いて行かれて、寂しかった。でも、今は遅れてる私にも一から教えてくれる友達がいる。楽しいに決まってるじゃん」

「それ、本気で言ってる?」

 西宮の声は固い。

「親友って何?何もかも同じこと?趣味が合うこと?四六時中一緒にいること?一時だけでも優しく振舞うこと?」

「……」

「少しの趣味の違いとかすれ違いとかも許せない?それとも何、結木とお前の友情ってそんな薄っぺらいものだったの?」

「だって、琴乃がいたら私は……」

「あっそう、じゃあずーっとこうやって室井たちとJKごっこしてなよ。オレはそんな桜ちゃんでも許してあげる。でも、岡本は、あいつはどうだろうな」

「岡本君は関係ないでしょ!」

 私は思わず大きな声で言い返してしまった。無神経だ、この人はどこまでも。

「オレ的には万々歳だよ、桜ちゃんと岡本が完全に切れればオレにチャンス回ってくるかもしれないじゃん?」

「もうやめて!」

私の心からの叫びに西宮は静かになった。それから、少し間を開けて言った。

「本当にこのままでいいの?」

軽快なリズムを刻んで去っていく彼の背中が遠ざかるほど、私の耳の奧でその言葉は大きくなって響いた。