ダイアモンド・ダスト

「お疲れ様―」

 練習終了の号令がかけられた。

「岡本、結局今日も来なかったね。時間あったら来るって言ってたのに」

 光咲が残念そうな顔をする。

「しょうがないよ。陸上部期待のエースなんだから」

 笑美が穏やかに返した。

 しかし、私は知っている。

 岡本君が練習に来なかったのは部活が原因じゃない。

 岡本君が一緒に演技したいのは琴乃なのだ。

 もしかしたら、こっちの演技練習には最後まで顔を出さないつもりなのかもしれない。

 いや、最悪本番になっても来てくれないのかも。

 「あいつは可哀想な子じゃなくなった桜ちゃんには興味がないの」。西宮の声が頭の中で響く。

 私、岡本君に見捨てられちゃったのかな……。

「どうした、桜。顔色悪いよ」

 暗い顔をしていたら彩夏に心配された。

「もしかして、またお腹痛い?」

「ううん。大丈夫だよ」

 私は努めて明るく答えた。

 急いで教室に戻った頃には、私抜きで演技練習が再開されていた。

 遅くなったことの言い訳にトイレに寄っていたと言ったところ、勝手にお腹を壊したのだと解釈された。

 確かに、普通にトイレにいっただけだとしたら長すぎる。自然な解釈だったのだろう。

 いずれにしろ、深く追及されなかったことは助かった。

「もうお腹痛くないんだったら夕飯一緒に食べてかない?」

 彩夏から提案された時、タイミングよく私のお腹が鳴った。体に先に反応された。恥ずかしがっている私に

「決まりだね」

と笑美が笑いかけてくる。

 三人に夕食に誘ってもらえたことが嬉しかった。

「待って、お母さんに夕飯要らないって連絡するから」

 私は弾んだ声でそう答えてスマホを取り出した。

 三人と駅前のファミレスに入った。店の中に入ったのは初めてだったが内装には見覚えがあった。

 私は見る専のSNSのアカウントを持っている。
 
 時折フォローしている陽キャのクラスメイト達が打ち上げの様子を投稿していたが、その写真の背景にそっくりだ。

 彼らが学校帰りのたまり場にしていた場所はここだったのだ。

「今日は何にしよっかなー」

 光咲がメニュー表を覗き込む。

「やっぱパフェが映えるよねー。でもなんか今日はがっつり食べたい気分だし」

「私これにしよー」

「私はこれにする」

 彩夏と笑美はメニュー表をちらりと見ただけで、すぐに決めてしまった。

「うちも決ーめた!」

 次々に決めてしまう三人に私は取り残された。

「桜は?」

「私は、まだ」

 メニュー表の三分の一も読み終わっていないというのに注文をせかされて焦ってしまう。

「えー、ちょっと早くしてよー。マジお腹すいたんだけどー」

「ご、ごめん」

「いや、マジ遅すぎ。ウケるんだけど。もう、これでいいじゃん。注文しちゃうよ」

 彩夏は私の返事を待たずにおすすめメニューを注文してしまった。

 えっ、ちょっとくらい待ってよ。

 私は心の中で悲鳴を上げる。

 琴乃だったらきっと……やめよう。

 琴乃は私を出し抜こうとしてたんだ。

 今頃岡本君を独り占めできてほくそえんでるかもしれない。

 私は琴乃と戦うって決めたんだ。

「私今日いくら持ってるっけ?」

 頼んだ後で笑美が財布の中身を確認し出す。

「やめてよ。ちゃんと確認してから注文して。私だって人の建て替える余裕ないからね」

 すかさず彩夏が突っ込みを入れる。

「あ、大丈夫、足りる、足りる」

 笑美が財布の中の百円玉を数えてからほっとしたように言った。

「よかったー。笑美なら本気で足りないとか言いかねないから」

「そういうところあるよね」

 笑い合う三人に交じって私も笑った。

「その財布、先週出た『honey fashion』に載ってたやつだよね」

 彩夏がはっと気づいたように言った。

「そう、めっちゃかわいいよね。水色とずっと迷ってたんだけど、前使ってたのが青だったから今度のは黄色にしたんだ。みんなは買わないの?」

「私この間スクバ買ったから金欠なんだよね。でも、もし買うんだったら赤かなー。大人っぽくてかっこいい」

 笑美の問いに彩夏が答えた。

「うちはピンクか黄色かな。でも、黄色にしたら笑美と被っちゃうから買うんだったらピンクかな。水色もよかったけど子供っぽかったよね」

「それなー」

「桜は?」

「え、えっとー……」

 ファッション誌を読む習慣がない私は完全に置いて行かれていた。

「雑誌とかあんまり読まないから……」

 知ったかぶりしたところで、追及されたらすぐにばれてしまうだろう。だから、私は正直に打ち明けた。
「えー!読んでないの⁉ 桜って流行に疎い印象はあったけど、まさかここまでとは……」

 全くオブラートに包まない光咲に対して私は作り笑顔で返す。こういう反応をされるんだろうなとは思ってたけど。

「女子高生なら読んでないとだめだって。だからそんなダサいファッションで平気なんだ」

「私、そんなださいかな……?」

「ださいよ!まず、足首まである靴下とかマジであり得ないから。くるぶしまでのか膝までの長さがあるやつかのどっちかでしょ、普通」

 校則では靴下の色は紺と決まっているものの、長さに関しては決まっていない。私は中学生のころからおなじみの足首までのソックスを履いていた。

「そんな中途半端な長さの靴下履いてるJKいないよ!」

 そういわれて見てみると、光咲と彩夏はニーハイソックス、笑美はくるぶしソックスを履いていた。

「これ」

 笑美が鞄の中からカラフルな表紙の雑誌を取り出した。表紙にはピンクのゴシックの文字で『honey fashion』とプリントされていた。

「たまたま今日持ってたんだけど」

「え、マジ⁉ ナイス!」

 光咲がよくできましたと言うように笑美の肩をポンポンと叩く。

「そうそう、このページ、このページ」

 笑美が最初の数ページをめくってから、お目当てのページを見つけ、見開きを私の前に置いた。

 そこには笑美が持っていた財布と色違いのものが載っていた。

「え、こんなに安いの!ものすごくかわいいのに!」

 私はそこにかかれた値段を見て感嘆の声を漏らす。

「それがこの雑誌の売りだからね。学生でも手に入るような手ごろなものを選んでくれてるんだよ」

 私は他のページもめくってみた。

 テレビで見たことがあるようなモデルさんが、中高生を中心に流行っているものや少し奇抜なアイテムでコーディネートしていた。

 すごいなぁ、と思った。私なら絶対に選ばないような服のラインナップだ。

 みんなこういうものを読んで流行りに乗っているのか。

 どうしてみんなは目まぐるしく移り変わっていく流行についていけるのかがやっとわかった気がした。

 こうやってしっかりと流行の教科書みたいなのがあったんだ。雑誌なんて大人の読むもので敷居が高いと思っていた。だから学生向けのものまであるなんて知らなかった。

「この雑誌見とけば流行の最先端いけること間違いなしだから!」

 彩夏が熱のこもった声で私に言う。

「このページなんかもおすすめ!」

 向かいの席に座っている笑美が、私の前に広げられている雑誌に指を伸ばす。

「そうだ! おすすめのページに付箋貼っといて上げるよ。私もう全部読んだから貸してあげる」

「あ、それいいアイデア! これで桜もJKデビュー間違いなしだね!」

 光咲も笑美の意見に飛びついた。

「私こういうのよくわからないから助かる。ありがとう!」

 私は嬉しかった。やっとみんなに置いてかれていく焦りから解放されることができる。

 私も憧れのキラキラ高校生になれるんだ。

「うーんと、まずこれでしょ。あ、あとこれもいいよね」

「光咲ばっかりズルいよ。私もー」

 私の横の席に座っている光咲が積極的に私のノートに付箋を貼っていると、私の対角線の位置に座っている彩夏が不満の声をあげた。

「わかった、後でそっちに回すから。ちょっと待ってて」

「あ、そこのページよくない?」

 向かいで見ていた笑美が光咲が通り過ぎようとしたページを指して言った。

「えー、これ? ちょっと古くない?」

 それは最近街中でよく見かける真っ白なサロペットだった。

 やっと流行っているのだろうと認知したものだったから、もう古いものだと認識され始めてることにショックを受けた。

 学生ファッションって奧が深いんだな。

 審議しながらも迷いなく付箋を貼る手を動かしている三人を見ながら感心していた。

 そうしているうちにお店の人が料理を運んできた。出来立ての温かい定食を食べながら三人によるファッション講座に耳を傾ける。

「そうだ! 今度の土日、午前でリハ終わったら午後にみんなで買い出しに行く予定じゃん? ついでに色んなお店寄って桜のことフルコーデしちゃおうよ!」


 彩夏がテーブルに身を乗り出す。

「ね? どう、桜?」

 私は考える。最近は全く友達と遊びにいく機会がなかった。

 それに趣味も読書くらいだし、お金ならある程度たまっている。

「みんながいいんだったら是非お願いしたな!」

「よし! じゃあ、決まりだね。今からどんなコーデにするか、楽しみ!」

 私も今どきファッションを熟知している三人にコーデされたら自分がどんな風に生まれ変われるのかすごく楽しみだった。

 口の中に広がるハンバーグの肉汁が私の心を充たしていった。