ダイアモンド・ダスト

 階段の踊り場にある窓からのぞくと、作業場で着々と準備が進んでいるのが見える。

 三年七組の作業スペースの端の方で一人黙々と作業している琴乃の姿があった。

 自作自演だという噂はたちまちクラスの中に広がり、今度は琴乃が仲間外れにされた。

 実際に琴乃がやったと思っているのかはわからない。

 だが、クラスメイトたちにとっては、下手に琴乃をかばって巻き添えを食らわないことの方が重要だった。

 琴乃は私と違って強いから明らかに暗い顔をしたり、俯いてばっかりだったりはしない。

 でも、普段の彼女と違う悲痛さが伝わって来て胸を締め付けられる。

 やっぱりこんなのおかしい。

 私は感情に任せて階段を駆け下りた。ちゃんと謝ろう。

 許してもらえるかはわからない。認めたら一人になるかもしれない。

 でも、私のせいで琴乃が辛い思いをしている姿を見るのは、もっと苦しいから。

 それに、ほんのちょっとでも仲直りできる可能性があるのなら、それにかけて見たかった。

 下駄箱に駆け込むと靴も履き替えずに外の作業場へと向かう。

 琴乃、待っててね。

 私ちゃんと自分の気持ち伝えるから!

 素直に謝るから!

 人波を押しのけて突き進む。

 教室で待っている演技チームのことなど頭の片隅に追いやられていた。

 どうせ私が琴乃に本当のことを打ち明けたら、また、琴乃がお姫様役に戻るんだ。

 今度は、私はクラスのみんなに学校祭に関わること自体を拒否されるかもしれない。

 どうせ無関係になるんだ。どれだけ遅れてたって構わない。

「琴乃っ!」

 目に琴乃の姿を捉えて叫んだ私の声は、喧騒の中にかき消されてしまった。

 琴乃は私に気づくことなく奥の方へと進んでいってしまう。

「待って、待って、琴乃!」

 私はそれでも叫び続ける。

 届いてほしい。

 今こそ、本当の気持ちを伝えたい。

 私の気持ちが昂ると同時に、周りの生徒たちの話声も大きくなる。

 故意に私の思いをかき消しているのかとさえ思った。

 伝えたい……。こんなに伝えたいのに……。

 琴乃は人波に連れ去られるようにしてどんどんと奥地へ入っていってしまう。

 私はその姿を背伸びしながら必死に目で追った。

 運動場の奥地の人気のないところ。

 琴乃を必死で追いかけていたらそこへたどり着いた。

「ごめん、待った?」

 琴乃が誰かに声をかける。待ち合わせかな?建物の陰からこっそりと覗き見た。

 私は息を飲む。

 そこには練習着の姿のままの岡本君がいた。

 どういうこと?岡本君は部活が忙しくて演技練習に来れなかったんじゃなかったの?

「ああ、大丈夫だ。こっちこそこんなところに呼び出して悪い。練習の合間だとそんな遠くへ行けないからな」

「ううん。私もみんなに見られない方が好都合だから。でも、勝手に部室占領しちゃって大丈夫かな?」

「クラス展の練習だって言えば分かってくれるだろ」

「そっか。そうだよね」

 クラス展の練習?どうして。琴乃は役から降りたはずなんじゃ。

 演技練習に顔を出さなかったのは私に役を譲ったからだと思ってた。それなのに……。

 二人は劇の練習を始めた。

 おとなしくお姫様を降りたのかと思っていだが、琴乃はこうやって岡本君とこっそり練習していたのか。

 しかも、二人きりで楽しそうに。ただでは転ばないとはこのことだ。

 私の中で何かが冷めていくような気がした。

 裏切られた。琴乃にも、岡本君にも。

 納得していないなら、どうして正直に言ってくれなかったのか。

 わざわざ私にばれないようにこっそり練習しなくてもいいじゃないか。

 不満が募る。

 ここに飛び出して行って私がやりましたと告白して何になるだろう。

 二人の仲はますます深まって私は醜い引き立て役となって終わるだけだ。

 気が付けば私の足は二人から遠のいていた。

 光咲たちに遅くなったことを謝ろう。そして琴乃に負けないようにみっちりと演技練習をしよう。

 一心不乱に歩いていると曲がり角から飛び出してきた人影にぶつかった。

 相手の方が体格がよかったのか、突き飛ばされたのは私の方で、盛大にしりもちをついた。

「ごめんなさい」

 早口にそう言って相手の方も見ずに立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。

「桜ちゃん、こんなところに何しに来たの?」

 耳障りなこの声、間違いなく西宮だった。

「散歩がてらに寄っただけ」

 そっけなく返す。

「うそ、見たんでしょ。密会」

 西宮は相変わらず憎たらしい表情で続ける。

「だから言ったじゃん。岡本なんかに憧れててもいいこと無いって。あいつは可哀想な子じゃなくなった桜ちゃんには興味がないの。クラスの代表だから、独りぼっちの子が寂しい思いしないように付き合ってくれてただけ。恋愛ごっこだったんだよ」

「黙って!」

 人の心に土足で踏み込まないでほしい。

「岡本君のこと侮辱しないで」

 私の言葉に西宮は馬鹿にしたように笑った。

「人のこと思いやってるふりしちゃって。本当は図星だから嫌なだけでしょ」

 私は言い返す言葉もなかった。

 その通り、図星だった。

 認めたくない。

 岡本君が優しかったのは私が独りぼっちだったからだって。

 岡本君にとっての側にいてあげたい存在は、クラスのみんなに疎外されて孤独だったころの私なんだ。

 光咲たちに囲まれている今の私に彼は一切関わってこようとしない。今の私には興味がないということなんだろう。

「いいねぇ、その人の不幸を願う目」

「私、そんなこと思ってない」

「隠さなくていいんだよ。だってオレは桜ちゃんがどんなクズでも許してあげられるから」

「いい加減にして。私、演技練習に戻らなきゃいけないから」

 これ以上彼のペースにはまってはいけない。

 逃げるようにしてその場を去る。西宮は追いかけてこなかった。ただ、彼のいやらしい引き笑いが部室棟に木霊した。