ダイアモンド・ダスト

「みんなお疲れー、どう調子は?」

 彩夏がクラスメイトに話しかけると、衣装チームの女子が得意そうに大きなドレスを広げてきた。

「じゃーん!どう、すごいでしょ!」

 光も当てられていないのに、朝日を浴びた湖のように煌めく水色の布が、何重ものフリル加工や縫い合わせを施されて、ウエディングドレスのように仕立て上げられていた。

「すっごーい!本物のドレスみたい!」

 光咲も興奮して声を弾ませている。

「王子様の衣装も作ったの」

 衣装チームの子は小さめの段ボールの中から金や銀でふんだんに装飾された白地の布を取り出した。

 広げてみると細かい襞のつけ方から金色のボタン、肩につけられた細かい飾りまで華やかだった。まるで絵本の世界から取り出してきたみたい。

「めっちゃかっこいい!こんなの作っちゃうとかマジ天才的!」

 彩夏が興奮しながら衣装を手に取る。

 横から見ていた私は、レベルの高さにただ驚くばかりだった。

「ねー、試しにこれ来てみてもいい?」

 光咲が強い口調で頼み込む。

「いいけど、壊したり破いたりしないように気を付けてね」

 衣装チームの子は、少し怪訝そうな顔をしながらも衣装の試着を承諾した。

 パソコン室には簡単な衝立で作られた区画が設置されており、わざわざ更衣室まで行かなくても試着できるように工夫されている。

「私が王子様の衣装着るから桜はお姫様の衣装着てね」

 光咲は私にお姫様の衣装を押しつけてきた。

「わ、私も?」

「当たり前でしょ?桜がお姫様用のドレス着ても大丈夫か確認するために来たんだから」

「あ、うん」

 半ば強引に押し切られて、私は試着スペースに身を隠す。

 ドレスは、下地の厚い生地の表面を、メッシュの生地が覆うようにできていたので、ひっかけて破くことがないように細心の注意を払った。

「ど、どうかな?」

 ドレスを着終わった私は衝立の向こうにそろりと身をさらけ出す。

「ほぼぴったりじゃん!サイズ直さなくてもいいね!」

 彩夏が私のドレス姿を見て驚きの声をあげた。

 私自身、実際に着てみて驚いたことだが、スカートの丈が長いことを除けばその他の寸法はぴったりだった。

 上半身の部分がだぶだぶすることもなく、腰のラインもほぼ合っていた。

 要するにそれほど琴乃が細身で足が長かったということだ。

「スカートは長いけど両手で持って移動すればいいし、少し引きずってるくらいが逆にかわいいかも!」

「ちょっとー、私も着替えてるんですけど!」

 私の横でほったらかしにされた光咲が頬を膨らませていた。

「はいはい、似合ってますよー」

 彩夏はめんどくさそうに返した。

「そうだ、桜。自撮りしよ!自撮り!」

 光咲は脱ぎ捨てた制服のスカートからスマホを取り出して、頭上にかざす。そして、私の肩を引き寄せた。

「はーい、笑ってー」

 友達と自撮りなんてめったにしない。慣れないながらも、ぎこちない笑顔を作る。

 光咲は慣れたもので普段の一・二倍くらいかわいい表情で画面に映っていた。

 何だか私、今、すごく高校生らしいかもしれない。

 こうやって当たり前のように自撮りして、SNSにコメントと一緒にアップして。

 私には入り込めないと思っていた世界に足を踏み入れることが出来たような感覚だ。

「あ、ウソ!もうこんな時間!教室戻らないと」

 光咲が画面に表示された時刻を見て焦り出す。

 すぐさま衝立のむこうに着替えに戻る光咲に私も続いた。

 着替えに行くタイミングは同じでも、破れやすいレースで作られたドレスとしっかりした生地で作られたスーツでは脱ぐのにかかる時間が違う。

「ごめん、私もう少し時間かかりそう。先行ってて」

 私はすでに着替え終わって衝立の向こうでおしゃべりしながら待っている光咲たちに声をかけた。

「おっけー。焦らなくていいからね」

 衝立の向こうで遠ざかっていく足音が聞こえた。

 濡れた和紙を扱うかのような慎重さでドレスを脱いでいたら、着替え終わったころには時計の針がだいぶ進んでしまっていた。

 なるべく急いで教室に向おうと思ったが、廊下が混雑していたので結局普段歩いているのとさほど変わらないスピードになる。