このまま階段を登り廊下を一本真っ直ぐいけば教室に着く。

 でも、私はあえて、一つ下の階で階段を登るのをやめた。

 この気持ちのままでは教室に戻れそうもない。戻ったとしても西宮の顔を見たら、殴りつけてしまいそうだ。

 遠回りをしながら、一刻も早く頭の中から西宮のことを締め出そうと努力する。

 分かれ道に差し掛かる度、教室から遠ざかる方の道を選ぶ。

 とはいえ、どれほど時間稼ぎをしたところで、教室に戻らなければならないという事実は変わらない。

 少し心が落ち着いたところで、私は教室のある階へ向かった。

 もう、休み時間も終わりに近く、生徒の移動が始まっている。三年七組の次の授業は体育だから、もう教室には誰にもいないかもしれない。

 また誰もいない教室に行かなければいけないと思うと怖かった。自然と忍び足にある。

 白んでいる教室に足を踏み入れると、薄緑色のカーテンが翻った。

 カーテンの陰に隠れていた人物があらわになる。

 一人の美少年が天使のように美しい少女の頬に口づけをしていた。

 穏やかな光が二人を温かく照らす。

 『アモルとプシュケ』をそのまま実写にしたような美しい光景が目の前に繰り広げられた。

 登場人物はよく知っている人物。

 岡本君と琴乃だった。

 私はたじろいだ。後ろのドア枠に肩がぶつかる。生み出された音が神話の世界に亀裂を入れる。

「……立川」

「……桜」

 私に気が付いた二人は明らかに動揺していた。

 どういうこと?やっぱり岡本君は琴乃のことが好きなの?そうでしょ。そういうことなんでしょ。

 そのまま後づさって廊下を走り抜けていく。取りに来た体操服を教室に置いてきてしまったことに気がついたが、そのまま体育館に走った。

 体操服は忘れたとでも言って体育科に借りればいい。あの教室に戻る気には決してなれなかった。

「待て、違うんだ。聞けっ、立川」

「桜!」

 岡本君と琴乃の声が後ろから追いかけてくるが、私が中庭の開けた場所に出る方が早かった。

 人込みに紛れて体育科の先生がいる教室に向う。

 先生は体操服を忘れたというと、特に説教することもなく、洗って返すように、とだけ言って体操服を貸してくれた。

 体育科の先生のいる教室から更衣室はすぐだった。

 私は素早く着替えて体育館に向かう。

「今から5時間目の体育を始めます」

「お願いします」

 体育館には号令のかかるギリギリのタイミングを見計らって入った。

 周りを見回していた琴乃は、私を見つけるなり何かしら言いたそうに近寄ってきたが、先生が号令をかける方が先だった。