幸せに浸っている私を岡本君が現実に引き戻した。

「やっば、あれうちのクラスの男子じゃね?」

 岡本くんがフードコートの横の通りを歩いていく高校生男子の集団を見つけて目を丸くした。視線の先には西宮君を始めとする同じクラスの陽キャたちがいた。

「見つかったら面倒だな。さっさと買い出し済ませるか」

「そうだね」

 私たちは大慌てでフードコートを出て、文房具売り場に向かう。

 買わないといけないものはガムテープや水糊、ビニール紐、風船、と比較的小さなものだったが、一つにつき五個ずつくらい買ったのでだいぶ重くなった。
 
 その他は、お店の人に段ボールや広告をもらって回った。

「よし、買い残したもんはないな」

 大量の荷物を抱えた岡本君がメモを確認していた。

「これだけ材料持って帰ればやましいことはないだろ」

「うん。多少は気が楽かな」

 ショッピングモールの出口をくぐると、生ぬるい風が私たちのTシャツを吹き抜けていった。

 ゆったりと風に弄ばれる草を従えて、さっき歩いてきた道を反対方向につき進む。

 開けた田園なので、進行方向が異なってもさほど景色は変わらなかった。

 しかし、来るときはあっという間だったというのに、大量の荷物を抱えた状態で歩くバス停までの道のりは長かった。

 夏が近づいて日が長くなってきていた。さんさんと降り注ぐ太陽光にのぼせそう。

「暑いなー」

 岡本君の言葉に、私も

「暑いね」

と返す。

 代わり映えのしない田園の景色の中に自販機を見つけたところで岡本君は足を止めた。

「ちょっと休憩するか」

 岡本君は私の二倍くらいある荷物を地面に下ろした。

「何がいい?」

 自販機を指して岡本君がきいてきた。

「ジュースかな」

「大体ジュースだろ」

 岡本君が的確なツッコミをする。

 コーヒー、レモンジュース、リンゴジュース、コーラ、サイダー……。

 種類が豊富なことはいいことのようであって罪である。私のような優柔不断な人間は選ぶのに頭の糖分を持っていかれてしまう。

「どれにしようかな……」

 冷たいのがいいな。疲れたし甘いのがいいけど、甘い物食べた直後だもんな。それに、あんまり甘いと喉が渇いてしまう……。

「うーん。……っあ、ごめんね。私こういうの時間かかっちゃうタイプなんだよね」

 考え込んでいて、つい岡本君が横にいることを忘れてしまった。

「ああ、別に気にしなくていい。でも、よくそんなに考えられるよな。たかが自販機だぜ」

「でも、やっぱりこれからしばらくお世話になる飲み物なわけだし、慎重に選びたくない?」

 岡本君は首を傾げながら笑った。

「大げさだな」

 自販機の陳列をしばらく眺めてから私は心を決めた。

「コーラにする」

 私がそう言うと彼は自販機にお金を入れて、コーラのボタンを押した。

「ほらよっ」

 キンキンに冷えたペットボトルを私めがけて放り投げた。

「うわぁ!」

 びっくりして反射的に手を差し出す。何とか地面に落とさずに済んだ。

「さっ、行こうか」

「岡本君のは?」

 私の分だけ買って荷物を持ち始める岡本君を、私は呼び止めた。

 「え、それ二人で飲めばいいじゃん。一本丸々は飲みきれないだろ」

 「えっ!」

 私はペットボトルを見つめる。え、これ二人で飲むってことはさ、その、え、つまり二人ともここに口付けるってことですかね。え、そういうことだよね。それって、つまりその……

「……間接キス」

「!」

 私の身体がビクンと動く。

 クラス委員も任されるしっかり者の彼の口からそんな言葉が飛び出すなんて思ってなかった。

 顔が一気に赤くなる。してはいけないはずの意識がどんどん先走りしていって、彼との濃厚なそれのことが頭に鮮明に描き出される。

 ダメだ。それは、ダメだ。

「いや、だから、立川は間接キスとか気にするタイプかって聞いてるんだけど」

「するよ!当たり前じゃん」

 急に様子がおかしくなったと思ったら、噛みつくような勢いで答えてきた私に岡本君はびっくりしていた。

「……あ、そう。俺、部活では普通に女子と回し飲みとかするから。大会会場とかだと荷物減らさないといけないし、コップとか持っていけたとしても水道がどこにでもあるわけじゃないから洗えないんだよな」

 確かに遠征の多い運動部だと飲みまわした方が効率のいい時もある。

 運動音痴の私だけど、実は中学の頃は運動部に入っていた。人数の少ない弱小校だったにも関わらず大会や遠征が頻繁にあった。

 炎天下では水分を失うことは命とり。水筒の中身を飲みつくしてしまったときに人の水をもらうのは嫌だなどと甘えたことは言っていられなかった。

 あの時は私もたまに友達の水筒の水を分けて貰ったりしていたけど、それは女子同士だったからで。

「俺、口付けずに飲めるから」

「そういう問題じゃないもん!」

 それじゃ岡本君は私が口付けた水飲むってことじゃん。恥ずかしいよ。

「まだ気にすんのか。よっぽど潔癖症なんだな。わかった。さっき差し入れ用に買った紙コップにわけながら飲もう」

「うん、それならいい」

 ようやくおとしどころを見つけられてほっとした。

 私は決して潔癖症なんかじゃない。がさつだったり、雑な部分が多かったりする。プール掃除でいくら汚れたって気にならない。他の人からよく本当にA型?って聞かれるくらいだ。

 そうじゃなくて、異性と、ましてや岡本君とそれほどまでに親密な行為をすることが耐えられないのだ。

 嫌ではない。ダメなのだ。

「早く来いよ。置いてくぞ」

「あ、うん。今行く」

 いけない、いけない。もうこの話は終わったんだ。

 私は両手で二回ポンポンと顔を叩くと、走って岡本君を追いかけた。

 
 しばらくして、私は私の足音に合わせてついてくる音があることに気がつく。始めは私の足音が反響しているだけかと思ったが、こんな開けた場所で反響するはずがない。

 振り返ると、後ろについて来ていたのであろう人に追突された。

「うわぁ!」

 私はしりもちをつく。

「立川?」

 前を歩いていた岡本君が心配そうに駆け戻ってくる足音が聞こえる。

「痛って~。もー、急に止まんないでよー」

 同じく転んだ人―西宮君がふらふらと立ち上がりながらそう言った。

 恐れていたことが起きた。ショッピングモール内で私たちに気が付いた西宮君は、悪趣味な好奇心にさそらわてこっそりと私たちの後をつけてきていたのだろう。

「何?お前らいい感じなの?もしかしてー、こんなところで私服デートぉ?」

 西宮はからかい調子で言ってきた。

「買い出しだ」

 岡本君が買ったものが詰まったビニール袋を見せながら西宮君に言う。

「ほーんとに?一緒にクレーンゲームやったり、ケーキ食べたり、楽しそうだったけどなー。ほら、証拠写真」

 西宮君はスマホの写真ホルダーを開いて岡本君に見せびらかす。

「ちょっと休憩しただけだろ」

「これ、結木が見たらどう思うかなー」

 西宮君のその言葉を聞いて岡本君の顔からさっと血の気が引いていくのが分かった。

「これ、見てたのはオレだけだからー、心配しなくていいよ。でも、もしオレの気にさわるようなことしたら、この写真ばらまくからー」

 西宮君は変な笑みを浮かべてそれだけ言い残すと「連れを置いて来たんでー」と言ってシッピングモールの方へ戻っていった。

「また、隠し事が増えちゃったね」

 最後に私に耳打ちしていった。

「また」

 確かに彼はそう言った。