そのまま学校を飛び出して、やってきたバスに乗った。
作業中は私服でよいことになっている。制服を来ていないのでバスの中にいても、特別目立つようなことはなかった。
「あとで怒られるよ」
「大丈夫」
岡本君は一枚のメモ帳のようなものを取り出した。
「一応は買い出しって建前だから」
「でも、無断で出てきちゃったよ」
「それは、後で謝ろう」
本当に大丈夫だろうか。私の心配をよそに岡本君はスマホで地図アプリを広げていた。何処にいこうか?と楽しそうに行き先を探している。
「そうだ、前に言ってた山奥のケーキ屋さんに案内してよ」
岡本君はいいことをひらめいたというように満面の笑みで言った。
「それはちょっと難しいかも。すごく遠いし。車がないといけないよ、あんな山奥」
「うーん、いい案だと思ったんだけどな」
そう言った岡本君はあまり肩を落としていなかった。
「とりあえず、建前を片づけにショッピングモールでも行きますか」
岡本君は大きなショッピングモールの近くになると「降ります」のボタンを押した。
停留所にバスがついて、私たちはバスから降りた。そこには一面の田園が広がっていた。ずいぶんと田舎に来たものだ。
「ここなら時間潰すにはぴったりだな」
岡本君は声を弾ませながら言って、足早にショッピングモールの方に歩いていく。私もひょこひょこついて行った。
大型ショッピングモールなだけあって洋服屋さんからゲームセンターまでそろっていた。
「よし、あれやろう!」
岡本君は大量のお菓子が詰め込まれたクレーンゲームを発見すると、それを指さした。
「私ゲームとかやったことない……」
私が口ごもっている間に岡本君が五百円玉を突っ込んだ。なれた手つきでレバーを動かしてあっさりと商品を取ってしまう。
「ほら、やってみろよ。あと、五回できるから」
岡本君が私をゲーム機の前に立たせる。
「う、うん」
私は慎重にレバーを動かした。
「……ここら辺かな?」
要領の分からないままに手を止める。「Go」のボタンを押すとクレーンはゆらゆらと下に降りていった。そして、そのままクレーンの腕は空気だけ掴んで元の位置に戻っていく。ああ、失敗した。
「難しいだろ?」
岡本君は苦戦する私のことを楽しそうに眺めていた。
「リベンジしてみなよ」
そう言われて、もう一度レバー握る。さっきは手前過ぎたから。もうちょっと長めに押してみよう。
しかし、クレーンの腕はまたも空振りした。今度は行き過ぎだったようだ。
「もー、へたくそだな」
岡本君は私の肩に腕を回し、そのまま指先まで滑らせて私の手の上からレバーを握る。
私に蔽いかぶさるようにして体を背後に回し、空いている左手を①と番号のついたボタンの上に置く。
背中全体に岡本君の温もりを感じる。思わず緊張で体をこわばらせると、
「力抜いて」
と耳元で囁かれた。
何とかして力を抜くと岡本君がレバーを動かした。クレーンは滑らかに動いてお菓子の詰まった袋を易々と持ち上げる。
「こんな感じだ。もう一回一人でやってみろ」
一人でやってみると今度は腕が袋の輪っかをかすった。でも、またも吊り上げることは出来なかった。
結局その後三回やっても私にはとることは出来なかった。
「ごめんね、何も取れなくて」
岡本君に謝ると、
「問題ない。もとは取った」
と岡本君は自分で釣り上げたお菓子の詰め合わせを二袋ちらつかせた。
「抜け出したわびに後でクラスに差し入れてやろう」
満足そうに微笑んでいた。
ショッピングモールをぶらぶらしているとお腹が鳴ってしまった。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「そういや、お昼食ってなかったな」
「何がいい?」
「なんでもいいよ」
特に食べたいものがあるわけじゃないのでそう答えた。その直後、おしゃれなケーキ屋さんを目が捉えた。固まる私の視線に気が付いたのか、岡本君は、
「ケーキ食べたいの?」
と聞いてきた。
「いや、でもケーキはご飯じゃないし」
「確かに。ま、いいんじゃない。たまには」
岡本くんは私の手を引いてケーキ屋さんに向かった。
「お、あったぞ。ショートケーキ」
ショーケースの中のショートケーキを見つけると私に教えてくれた。ショートケーキは几帳面に断面が整えられていて、頂点で真っ赤なイチゴが燦然と輝いていた。
「宝石みたいだ」
私がこぼした声に岡本君が声をあげて笑う。
「どんだけ好きなんだよ」
「じゃ、俺はモンブランにしよー」
「岡本くんだってモンブラン好きじゃん」
「お前ほどじゃない」
お会計を済ませてから、二人掛けの席を選んで座る。そんなに混んでいなかったから四人掛けの席に座ってもよかったけど、こっちの方が二人だけの世界に浸れる気がした。
「なぁ、半分交換しねぇか?」
「うん!私もそうしたい!」
私はフォークできっちりとケーキを半分に切り分ける。
「お前、うまいな。俺全然うまくいかねぇんだけど」
岡本君は苦戦しながらなんとか切り分けたが、ケーキはボロボロになっていた。
「目の前でこんなにして、なんかケーキ屋さんに悪いな」
苦笑いしながら大きい方を私のお皿に乗せてくれた。
「岡本君が大きい方食べなよ。岡本君のものなんだし」
「いいの、いいの。ケーキだってうまそうに食うやつに食べてもらうのが一番幸せってもんだ」
さっきまでフォークでケーキのことをいじめていた人が言うもんだから笑ってしまう。
「じゃあ、遠慮なく」
私はスイーツのことになると無縁慮になりがちだ。わかってはいるけど、甘い誘惑には逆らえない。
「いただきます!」
口に入れた瞬間爽やかなイチゴの酸味と、まろやかな生クリームのコクが広がる。スポンジがはじけながら溶け出して、口の中を優しさで包む。
ショートケーキもおいしかったけど、久しぶりに食べたモンブランも最高に甘い味がした。
ショートケーキ意外のものにこんなに夢中になれたのは何年ぶりだろうか。
作業中は私服でよいことになっている。制服を来ていないのでバスの中にいても、特別目立つようなことはなかった。
「あとで怒られるよ」
「大丈夫」
岡本君は一枚のメモ帳のようなものを取り出した。
「一応は買い出しって建前だから」
「でも、無断で出てきちゃったよ」
「それは、後で謝ろう」
本当に大丈夫だろうか。私の心配をよそに岡本君はスマホで地図アプリを広げていた。何処にいこうか?と楽しそうに行き先を探している。
「そうだ、前に言ってた山奥のケーキ屋さんに案内してよ」
岡本君はいいことをひらめいたというように満面の笑みで言った。
「それはちょっと難しいかも。すごく遠いし。車がないといけないよ、あんな山奥」
「うーん、いい案だと思ったんだけどな」
そう言った岡本君はあまり肩を落としていなかった。
「とりあえず、建前を片づけにショッピングモールでも行きますか」
岡本君は大きなショッピングモールの近くになると「降ります」のボタンを押した。
停留所にバスがついて、私たちはバスから降りた。そこには一面の田園が広がっていた。ずいぶんと田舎に来たものだ。
「ここなら時間潰すにはぴったりだな」
岡本君は声を弾ませながら言って、足早にショッピングモールの方に歩いていく。私もひょこひょこついて行った。
大型ショッピングモールなだけあって洋服屋さんからゲームセンターまでそろっていた。
「よし、あれやろう!」
岡本君は大量のお菓子が詰め込まれたクレーンゲームを発見すると、それを指さした。
「私ゲームとかやったことない……」
私が口ごもっている間に岡本君が五百円玉を突っ込んだ。なれた手つきでレバーを動かしてあっさりと商品を取ってしまう。
「ほら、やってみろよ。あと、五回できるから」
岡本君が私をゲーム機の前に立たせる。
「う、うん」
私は慎重にレバーを動かした。
「……ここら辺かな?」
要領の分からないままに手を止める。「Go」のボタンを押すとクレーンはゆらゆらと下に降りていった。そして、そのままクレーンの腕は空気だけ掴んで元の位置に戻っていく。ああ、失敗した。
「難しいだろ?」
岡本君は苦戦する私のことを楽しそうに眺めていた。
「リベンジしてみなよ」
そう言われて、もう一度レバー握る。さっきは手前過ぎたから。もうちょっと長めに押してみよう。
しかし、クレーンの腕はまたも空振りした。今度は行き過ぎだったようだ。
「もー、へたくそだな」
岡本君は私の肩に腕を回し、そのまま指先まで滑らせて私の手の上からレバーを握る。
私に蔽いかぶさるようにして体を背後に回し、空いている左手を①と番号のついたボタンの上に置く。
背中全体に岡本君の温もりを感じる。思わず緊張で体をこわばらせると、
「力抜いて」
と耳元で囁かれた。
何とかして力を抜くと岡本君がレバーを動かした。クレーンは滑らかに動いてお菓子の詰まった袋を易々と持ち上げる。
「こんな感じだ。もう一回一人でやってみろ」
一人でやってみると今度は腕が袋の輪っかをかすった。でも、またも吊り上げることは出来なかった。
結局その後三回やっても私にはとることは出来なかった。
「ごめんね、何も取れなくて」
岡本君に謝ると、
「問題ない。もとは取った」
と岡本君は自分で釣り上げたお菓子の詰め合わせを二袋ちらつかせた。
「抜け出したわびに後でクラスに差し入れてやろう」
満足そうに微笑んでいた。
ショッピングモールをぶらぶらしているとお腹が鳴ってしまった。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「そういや、お昼食ってなかったな」
「何がいい?」
「なんでもいいよ」
特に食べたいものがあるわけじゃないのでそう答えた。その直後、おしゃれなケーキ屋さんを目が捉えた。固まる私の視線に気が付いたのか、岡本君は、
「ケーキ食べたいの?」
と聞いてきた。
「いや、でもケーキはご飯じゃないし」
「確かに。ま、いいんじゃない。たまには」
岡本くんは私の手を引いてケーキ屋さんに向かった。
「お、あったぞ。ショートケーキ」
ショーケースの中のショートケーキを見つけると私に教えてくれた。ショートケーキは几帳面に断面が整えられていて、頂点で真っ赤なイチゴが燦然と輝いていた。
「宝石みたいだ」
私がこぼした声に岡本君が声をあげて笑う。
「どんだけ好きなんだよ」
「じゃ、俺はモンブランにしよー」
「岡本くんだってモンブラン好きじゃん」
「お前ほどじゃない」
お会計を済ませてから、二人掛けの席を選んで座る。そんなに混んでいなかったから四人掛けの席に座ってもよかったけど、こっちの方が二人だけの世界に浸れる気がした。
「なぁ、半分交換しねぇか?」
「うん!私もそうしたい!」
私はフォークできっちりとケーキを半分に切り分ける。
「お前、うまいな。俺全然うまくいかねぇんだけど」
岡本君は苦戦しながらなんとか切り分けたが、ケーキはボロボロになっていた。
「目の前でこんなにして、なんかケーキ屋さんに悪いな」
苦笑いしながら大きい方を私のお皿に乗せてくれた。
「岡本君が大きい方食べなよ。岡本君のものなんだし」
「いいの、いいの。ケーキだってうまそうに食うやつに食べてもらうのが一番幸せってもんだ」
さっきまでフォークでケーキのことをいじめていた人が言うもんだから笑ってしまう。
「じゃあ、遠慮なく」
私はスイーツのことになると無縁慮になりがちだ。わかってはいるけど、甘い誘惑には逆らえない。
「いただきます!」
口に入れた瞬間爽やかなイチゴの酸味と、まろやかな生クリームのコクが広がる。スポンジがはじけながら溶け出して、口の中を優しさで包む。
ショートケーキもおいしかったけど、久しぶりに食べたモンブランも最高に甘い味がした。
ショートケーキ意外のものにこんなに夢中になれたのは何年ぶりだろうか。