ダイアモンド・ダスト

 その次の日もそんな調子で勉強の合間に取り留めのない話をした。

 午前中にテストが終わると、午後は自由時間になる。

 いつもよりも長時間一緒に過ごすことになった。

「国語の最後の問題何にした?」

「あれ私時間足りなくて、エにしといた」

「俺もエにした」

「ほんと?ラッキー」

「でも俺全然自信ない。急いで解いたから」

「多すぎだよね、問題。本文だけで三ページ半もあるんだもん」

「あれを五十分で解けって言うんだから先生も鬼だよな」

 軽口を叩きながらも明日ある教科の勉強を始める。


「こうやってさ、世界中の絶景見てると旅行とかしたくなる」

 地理の資料集に載ってる写真を見ながら岡本君が言った。

「私、ヨーロッパ行きたい」

「やっぱフランス?」

「なんで?」

「美味しいスイーツたくさんあるだろ」

「それもいいね」

「あれ、外れ?」

「残念ながら」

「えー、じゃあどこだろう。スイスとか?」

「なんで?」

「イメージ」

「どんなイメージ」

 岡本くんが大真面目に適当なことを言うもんだから、また笑ってしまった。

「正解はね、イギリス」

「意外だな。イギリスは飯マズいらしいぞ」

「いいの。私が好きな小説の舞台なの」

「そういや、立川って教室で読書してること多かったかも。どんな本なの?」

 岡本君に聞かれて私は席を立った。

 本棚と本棚の間を縫って海外作家のコーナーにいく。

 そして、一つの分厚い本を取り出した。

「これ」

 岡本君に本の表紙を見せる。

「小学生のころからずっと好きなの。ここに行ってみたくて、私英語だけは頑張って勉強してるんだ」

「いい目標あるじゃん」

「そう?」

「うん。羨ましいよ。そういうキラキラしたもの持ってるって」

 私は目をしばたいた。私がキラキラしたものを持っている?岡本君の方がよっぽどキラキラしてるのに。

「貸して」

 岡本君は私の手から本を受け取ると、一番上の棚の右端に置いた。私の身長じゃ絶対に届かないところだ。

「その本『シ』の作者の列に返さないと」

 注意した私に向って、岡本君は人差し指を口に当てた。

「しっ、いいの。俺テスト期間終わったら借りに来るから。ここに置いとけばわかりやすいし、誰にもとられないだろ」

「マイナーな本だし、そんなことしなくても大丈夫だと思うけどね」

 そう言いながらも、私は無理に元の棚に戻させようとはしなかった。私と岡本君だけの秘密。

 私は、右端にポツンと置かれた本の赤い表紙をうっとりと眺めた。