「あっ、来た来た」
移動教室から帰って来たときには、すでにそれは書かれていた。
琴乃と岡本君の名前が書かれた相合傘。クラスのみんなは岡本君がそれを見てどんな顔をするのか見たくて、岡本君を待ち伏せているところだった。
「は?」
絵を見るなり岡本君は間の抜けたような表情をした。
「おい、西宮だろ、この字。悪ふざけしやがって。結木が嫌な思いしたらどうすんだよ」
本当は嫌なのか、照れてるのか、どちらかなのかは分からないけど、西宮君に文句を言いながら、すぐにそれを消してしまった。
「オレじゃねーしー」
「いーや、俺には分かる。当番日誌のお前の字とそっくりだ」
岡本君は予定黒板の横にぶら下げられている当番日誌を持ってきて、「木曜日」の「木」の字を指しながら言った。
「似てるだけだって」
「俺は噓つきは嫌いだ」
「あのさー、こんな悪ふざけの犯人より結木の手紙破った犯人探したら?」
「お前だって似たようなもんだろ。結木の心弄んで」
「さすがクラス委員。正義に燃えてるねー」
「俺はな、人の思いを踏みにじるような奴を絶対に許さない」
岡本君の言葉が私の心に重く響く。
「あーあ、よくわかんないところで真面目なんだよなー」
西宮君はつまらなさそうに自分の机に突っ伏せる。
「確かにまだ返事をもらってない琴乃からしたら無神経だったかもね」
「でも、ちょっと岡本君嬉しそうじゃなかった?」
女子が小さい声で会話しながら私の前を通りすぎて行った。
授業と授業の間は慌ただしいのでいろいろな人と行き違うが、みんな私の前に来ると声を潜めてあの手紙の話をする。
体操服を引っ提げた私は廊下を速足で歩いた。
更衣室で一人で着替えていると、きっと誰かに後ろ指を指されているような感覚になるに違いない。せめて、一番隅の人目に触れにくい位置を確保したかった。
急いでいたせいもあってちゃんと前を見ていなかったんだろう。例の曲がり角で人にぶつかりそうになった。
「すみません」
早口に言って相手を見あげてみると、琴乃だった。
「あっ」
私はなんと言っていいか分からなかった。久しぶり、も違うし、あ、琴乃じゃん!って話しかけるのも違う。
でも、琴乃は私なんか見ていなかった。
「岡本君」
ずっと先の方を見ていた。
琴乃は岡本君を呼び止めた。
「ん?」
教室に入ろうとしていた岡本君は足を止めると琴乃の方を向く。
「私、手紙のことショックでずっと黙り込んじゃってたんだけど、やっと頭の整理がついてきたの。みんなが言ってる通り、あの手紙を書いたのは私なの。だから……」
琴乃はそこまでいうと考えるような、神妙な顔つきになった。
「分かった。辛かったな」
岡本君は琴乃の頭に手をのせながらそう言った。優しい声。彼のひだまりみたいな声が私以外の人にかけられたことに不快感を覚えた。
「安心しろ。絶対に誰がやったのか俺が探り当てるから。そしたら、お前も立川も堂々と仲直りができるだろ?」
まるで私がいないかのように繰り広げられる二人の間に挟まれて、私は緊張しっぱなしだった。
「そんな心配そうな顔するなって。任せとけ。ってか結木、お前次体育だろ。もう行かないとヤバイんじゃねぇの?」
「あ、でも」
琴乃は何か言いかけた。
「話はまた後で聞いてやるから。取り合えず今は行けよ」
岡本君は手を振って教室に入って行ってしまった。
「私、まだ答え聞いてないんだけど」
岡本君を見送る琴乃の唇が空をもがくように動いた。
移動教室から帰って来たときには、すでにそれは書かれていた。
琴乃と岡本君の名前が書かれた相合傘。クラスのみんなは岡本君がそれを見てどんな顔をするのか見たくて、岡本君を待ち伏せているところだった。
「は?」
絵を見るなり岡本君は間の抜けたような表情をした。
「おい、西宮だろ、この字。悪ふざけしやがって。結木が嫌な思いしたらどうすんだよ」
本当は嫌なのか、照れてるのか、どちらかなのかは分からないけど、西宮君に文句を言いながら、すぐにそれを消してしまった。
「オレじゃねーしー」
「いーや、俺には分かる。当番日誌のお前の字とそっくりだ」
岡本君は予定黒板の横にぶら下げられている当番日誌を持ってきて、「木曜日」の「木」の字を指しながら言った。
「似てるだけだって」
「俺は噓つきは嫌いだ」
「あのさー、こんな悪ふざけの犯人より結木の手紙破った犯人探したら?」
「お前だって似たようなもんだろ。結木の心弄んで」
「さすがクラス委員。正義に燃えてるねー」
「俺はな、人の思いを踏みにじるような奴を絶対に許さない」
岡本君の言葉が私の心に重く響く。
「あーあ、よくわかんないところで真面目なんだよなー」
西宮君はつまらなさそうに自分の机に突っ伏せる。
「確かにまだ返事をもらってない琴乃からしたら無神経だったかもね」
「でも、ちょっと岡本君嬉しそうじゃなかった?」
女子が小さい声で会話しながら私の前を通りすぎて行った。
授業と授業の間は慌ただしいのでいろいろな人と行き違うが、みんな私の前に来ると声を潜めてあの手紙の話をする。
体操服を引っ提げた私は廊下を速足で歩いた。
更衣室で一人で着替えていると、きっと誰かに後ろ指を指されているような感覚になるに違いない。せめて、一番隅の人目に触れにくい位置を確保したかった。
急いでいたせいもあってちゃんと前を見ていなかったんだろう。例の曲がり角で人にぶつかりそうになった。
「すみません」
早口に言って相手を見あげてみると、琴乃だった。
「あっ」
私はなんと言っていいか分からなかった。久しぶり、も違うし、あ、琴乃じゃん!って話しかけるのも違う。
でも、琴乃は私なんか見ていなかった。
「岡本君」
ずっと先の方を見ていた。
琴乃は岡本君を呼び止めた。
「ん?」
教室に入ろうとしていた岡本君は足を止めると琴乃の方を向く。
「私、手紙のことショックでずっと黙り込んじゃってたんだけど、やっと頭の整理がついてきたの。みんなが言ってる通り、あの手紙を書いたのは私なの。だから……」
琴乃はそこまでいうと考えるような、神妙な顔つきになった。
「分かった。辛かったな」
岡本君は琴乃の頭に手をのせながらそう言った。優しい声。彼のひだまりみたいな声が私以外の人にかけられたことに不快感を覚えた。
「安心しろ。絶対に誰がやったのか俺が探り当てるから。そしたら、お前も立川も堂々と仲直りができるだろ?」
まるで私がいないかのように繰り広げられる二人の間に挟まれて、私は緊張しっぱなしだった。
「そんな心配そうな顔するなって。任せとけ。ってか結木、お前次体育だろ。もう行かないとヤバイんじゃねぇの?」
「あ、でも」
琴乃は何か言いかけた。
「話はまた後で聞いてやるから。取り合えず今は行けよ」
岡本君は手を振って教室に入って行ってしまった。
「私、まだ答え聞いてないんだけど」
岡本君を見送る琴乃の唇が空をもがくように動いた。