「めんどくさいとは、どういうことですか、先生。これは深刻な問題ですよ」
三国先生の後から、五十代くらいの貫禄のある女性教師が入ってくる。年に数回しかみない学年主任の内藤先生だ。
「皆さん、席に座ってください。今から大切なお話しがあります」
厳かな雰囲気を醸し出す内藤先生に逆らう人はおらず、椅子を引く音が教室に響いた。
「先生はこの二年と数か月の間、あなたたちの成長を横で見守ってきました。助け合いの心と思いやりを持つ生徒の揃った素敵な学年だと思っていました。それだけに、今回の出来事を聞いて非常に残念でなりません」
内藤先生が口火を切ると教室のどこからか、ため息が聞こえた。吐き出された憂鬱な空気が教室に浸透していく。
教室が静かなので隣のクラスから
「テスト範囲が公開された教科は前の黒板の右下に貼っておくからな。あとでチェックしておくように」
という連絡事項を読み上げる先生の声と
「えー、テストやだなー」
「うわっ、英語の範囲広すぎじゃね?」
という騒がしい声が聞こえてくる。
「先生、なんで俺らまで付き合わねぇといけねぇんだよ。関係ねぇんだけど」
絶えられなくなったのか、男子から文句が飛び出す。
その額には、青く腫れあがったこぶがある。さっき机から転倒した男子だった。
「誰かが自分で正直に名乗り出てくれない限り、先生は話をやめるつもりはありません」
チッ、と男子が舌打ちをした。
先生は何か責めるような表情をしたものの、何も言わなかった。
静まり返る教室。いろいろな方角から飛んでくる鋭い視線を感じながら、私は俯いて座っている。
心臓の音がうるさい。
ここで正直に名乗り出たら、なんて思われるだろうか。
先生にどんな罰を与えられるだろうか。
休学だろうか。退学だろうか。ああ、心がつぶれてしまいそう。
「先生、私誰がやったか知ってます」
彩夏が優等生ぶったかわいらしい声で先生に言った。
「桜ですよ。琴乃がそう言っています」
「あー、よかった、彩ちゃんが言ってくれて」
「やっと休憩時間だわー」
教室から安堵の声が洩れる。
「ち、違います」
私はそう言うしかなかった。
何で違うのかは説明できない。
本当は誰がやったのかも説明できない。
だって、全部嘘だから。
キーンコーンカーンコーン
授業開始を告げるチャイムと、移動してきた隣のクラスの理系生徒が廊下で騒ぎ出したので、内藤先生は深くため息をついてから言った。
「ひとまず解散にします。立川さんは昼休みに職員室に来てください」
ざまあー、と言って私の方を見た彩夏は琴乃を誘って、笑美と光咲と四人で次の授業がある教師に向っていった。
何も言わず、従順に三人についていく琴乃の背中を見ながら、私は唇をかんだ。
三国先生の後から、五十代くらいの貫禄のある女性教師が入ってくる。年に数回しかみない学年主任の内藤先生だ。
「皆さん、席に座ってください。今から大切なお話しがあります」
厳かな雰囲気を醸し出す内藤先生に逆らう人はおらず、椅子を引く音が教室に響いた。
「先生はこの二年と数か月の間、あなたたちの成長を横で見守ってきました。助け合いの心と思いやりを持つ生徒の揃った素敵な学年だと思っていました。それだけに、今回の出来事を聞いて非常に残念でなりません」
内藤先生が口火を切ると教室のどこからか、ため息が聞こえた。吐き出された憂鬱な空気が教室に浸透していく。
教室が静かなので隣のクラスから
「テスト範囲が公開された教科は前の黒板の右下に貼っておくからな。あとでチェックしておくように」
という連絡事項を読み上げる先生の声と
「えー、テストやだなー」
「うわっ、英語の範囲広すぎじゃね?」
という騒がしい声が聞こえてくる。
「先生、なんで俺らまで付き合わねぇといけねぇんだよ。関係ねぇんだけど」
絶えられなくなったのか、男子から文句が飛び出す。
その額には、青く腫れあがったこぶがある。さっき机から転倒した男子だった。
「誰かが自分で正直に名乗り出てくれない限り、先生は話をやめるつもりはありません」
チッ、と男子が舌打ちをした。
先生は何か責めるような表情をしたものの、何も言わなかった。
静まり返る教室。いろいろな方角から飛んでくる鋭い視線を感じながら、私は俯いて座っている。
心臓の音がうるさい。
ここで正直に名乗り出たら、なんて思われるだろうか。
先生にどんな罰を与えられるだろうか。
休学だろうか。退学だろうか。ああ、心がつぶれてしまいそう。
「先生、私誰がやったか知ってます」
彩夏が優等生ぶったかわいらしい声で先生に言った。
「桜ですよ。琴乃がそう言っています」
「あー、よかった、彩ちゃんが言ってくれて」
「やっと休憩時間だわー」
教室から安堵の声が洩れる。
「ち、違います」
私はそう言うしかなかった。
何で違うのかは説明できない。
本当は誰がやったのかも説明できない。
だって、全部嘘だから。
キーンコーンカーンコーン
授業開始を告げるチャイムと、移動してきた隣のクラスの理系生徒が廊下で騒ぎ出したので、内藤先生は深くため息をついてから言った。
「ひとまず解散にします。立川さんは昼休みに職員室に来てください」
ざまあー、と言って私の方を見た彩夏は琴乃を誘って、笑美と光咲と四人で次の授業がある教師に向っていった。
何も言わず、従順に三人についていく琴乃の背中を見ながら、私は唇をかんだ。