「……」

 琴乃が答えない代わりに彩夏は私を見た。

「……」

 どうしよう。ばれる。

 全身から汗が噴き出す。

 いやだ、ばれたくない。みんなに嫌われたくない。

 頭の中が恐怖で埋め尽くされていく。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 琴乃への憐憫の情は消え去っていた。

 つい昨日まで持っていた謝罪しようという誠実な思いは、頭の中のどこを探しても見当たらない。

「違うの。私じゃないの。私は、その、岡本君の下駄箱に入れておいただけで……」

 たどたどしく言い訳を連ねていく。

 目を迷子にさせていると岡本君と目が合った。

 ドキリとした。私のことを疑っているのか、避難しているのか。

 彼の澄んだ目からは何も分からなかった。

「だって、岡本君忙しそうだったし。人のでも直接渡すのは恥ずかしくて」

「え、待って。この手紙最後に持ってたのは桜だったの?」

 彩夏が私を責めるような目で見てくる。

「……っ、……いや……」

 完全に墓穴を掘った。

 そうか、みんなは私が琴乃の手紙を持っていたって知らなかったのか。

 でも、どちらにしろ、琴乃が言ってしまえば、ばれることだったわけだし。

「答えてよ」

「……」

 分からなくなってきた。

 どうしたら余計なことを言わなくていいだろう。

 私が犯人ですって自白するようなへまをしなくて済むだろう。
 
 必死に言葉を探した。

 ああ、刑事ドラマの犯人ってこうやって追い詰められていくんだな。

「確かに、私は琴乃から手紙を預かってたよ。直接渡すのは恥ずかしいから代わりに渡しておいてくれって」

 余計なことを言わないように慎重に答える。

「でも、だからって私、ゴミ箱に捨てたりなんてしてない」

「じゃあ、他に誰がやったっていうのよ」

 彩夏が私を責め立ててくる。

「そうだよ。桜以外ありえない!」

 琴乃のそばにしゃがみこんで肩を支えていた光咲が、私を睨んでくる。

「どうせ琴乃が羨ましくていじわるしたんでしょ。桜って琴乃に全部負けてるもんね。かわいくないし、勉強も運動もいまいちだし、女子力ないし。いまだに入学祝でついてくるスクバ使ってるとかマジあり得ないんだけど」

 光咲は憤慨しながらも笑っていた。

「まあ、同情する余地もあったし、黙っててあげたけど。みんなだってそうでしょ。」

 光咲がみんなを見回すと、みんなは気まずそうに私から目をそらした。誰も光咲に対して怪訝な顔をする人や反論の意を唱える人はいなかった。

 クラス委員として平等、公正をモットーに行動している岡本君でさえ、私を見つめたまま固まったままだった。

「でも、人の手紙破いてごみ箱に捨てるようなクズ人間にはもう気を使ってあげない」

「ち、違うの。ほんとだよ。私じゃないの」

 涙声で訴えたが、私を見るみんなの目は冷ややかだった。

「え、泣いてんの。ウケるんだけど」

「ガキかよ」

 小さな声で、でも、はっきりとそう囁くクラスメイトの声が教室の片隅から聞こえる。

「だよねー。やっぱお前らもそう思うよねー。俺もあいつ泣く資格ないと思うよー」

 人一倍緊張感のない声が響いた。声の主はやはり西宮君。ささやき合っていた二人の女子に向かって大きな声で言っていた。

 クラスのみんなが一斉にそっちに向く。みんなの注目を集めて焦る二人。

 ドギマギと目を遊ばせた後、

「変なこと言わないでよ。なんかうちらが悪口言ってた見たじゃーん」

 と言って押し黙る。

「つまんないのー。悪口言うならオレみたいに堂々と言えばいいのにさー」

 西宮君は教室の中央付近の机を二つくっつけるとゴロンと仰向けに寝っ転がり、漫画を読み始める。それをきっかけに一瞬私のことをコソコソというような声は無くなった。

 静まり返る教室。

 誰一人として身動きを取らない。

 静寂を破ったのは、荒々しく引きあけられたドアだった。

「あー、もうめんどくさいな。なんかひどいいじめがあったようだが」

 担任の三国先生が、ドアの向こうで眉間に皺を寄せて立っていた。