「それじゃ次、呼び込みの担当決めるぞ。誰かやりたい奴いるか?」
クラス委員の岡本君が教室全体を見渡す。
「呼び込みってお客さんから白い目でみられることあるから苦手なんだよね」
「しかも拘束時間なげぇよな」
教室の隅々からひそひそ声が聞こえてくる。7限目のこの時間、これに似たやり取りがずっと続いている。
「誰もやらないなら、私やってもいいよ」
琴乃が手を挙げた。
「待って、ダメよ、琴乃は。お姫様役誰がやるのよ」
「私はまだお姫様役って決まってないけど」
「それはもう、決まってるもんでしょ」
「結木は主役って定石だろ」
クラス中から反対の声が上がる。
「あー、じゃ、先に劇の演者を決めるか」
クラスメイトの反応を見た岡本君が、「演者」とマジックで大きく書かれた模造紙を黒板に張り付ける。
「琴乃がダメなら、桜は?」
「え?」
突然名前が呼ばれて私は戸惑った。
「桜が結木の代わりに呼び込みやればいいじゃん。いつも一緒にいるんだし」
「いや、でも、私はBGMの係だから……」
私は既に最初の方でBGMの係に決まってしまっている。これも誰もやる人がいないから引き受けたのではあるが、やりがいはありそうだし気に入っている。
「そんなに大変な仕事じゃないし掛け持ちできるだろ」
「え、で、でも……」
断らなきゃ、そう思っているのに何十人という期待の圧にやはり首を横に触れずに固まってしまう。
「BGMと呼び込みなんて掛け持ちできないでしょ。BGMが変わるまでの間に呼び込みに行ってたら、もしものことに対応できないよ。それに役職は人数分あるはずでしょ。何で掛け持ちの人が出たりするのよ」
見かねた琴乃が助け船を出してくれた。
「私、BGMの仕事に専念したいので、その、申し訳ないんですけど……」
琴乃が出してくれた助け船に乗り逃がすまいと、私はすかさずそう言った。
「まあ、仕方ないか。呼び込みは声が大きい男子がやればいいことだし」
クラスの女子から同意の声が出る。
「そうやってめんどい仕事ばっかり男子押し付けんなよ」
よかった。クラスの注意が私から逸れてくれた。
「それでは先ほど話に出た通り演者から先に決めていきたいと思います……」
女子のクラス委員の河野さんがそう言い終わるかわからないうちに、先生が教室のドアから顔を出した。
「悪い、立川と武田。どっちか数学研究室にチェックし終わったノートを取りに来てほしいんだが」
私は名前を呼ばれると、黒板に武田君の名前があるかチェックする。
まだ、ないな。
「私、もう役割決まってるから行ってくるね」
「おう、悪いな。立川」
さして悪いとも思っていなさそうな武田君のぬるい返事が返ってくる。
「桜、一人で大丈夫?」
斜め後ろの席の琴乃が心配してくれるが、お姫様役として一番の期待を寄せられている琴乃がここで席を外すわけにはいかない。
いつもこういう時には琴乃が一緒に来てくれるのだが、今回ばかりはそうはいかないようだ。
「大丈夫だよ。今は廊下の人通りも少ないし」
私は琴乃に笑顔を向けてから教室を去った。今日のこの時間は全クラスがロングホームルーム。廊下を歩いていると、どこのクラスからも学校祭についての話し合いが聞こえてくる。
まだ一か月以上も先の話なのにな。でも、学校祭っていうとやっぱり胸が躍るよね。
「ねえ、あんたお化けの役やってよ。髪長いんだし、ちょうどいいじゃん」
「そうだよ。やんなよ。絶対に似合うよ」
「俺もサンセー」
一人で静かな廊下を歩いていると、どこかのクラスからこんな会話が聞こえてきた。そっと覗いてみると教室の隅の方でぼさぼさの長い髪をしたおとなしそうな女の子が俯いていた。
どうやらお化け屋敷のお化け役が決まらないようだ。そして、役の押し付け合いが始まり、最終的に普段あまり意見を発さない静かなタイプの子に、クラスのみんなが結託して圧力をかけるというお決まりの構図になったのだろう。
「なぁ、いいよな」
「……」
女の子は俯いたまま答えない。
「嫌なの?」
「……」
「いいってー」
「じゃあ、決まりなー」
クラスの子たちは沈黙を肯定と受け取ったらしい。黒板の「お化け役」の文字の下にその子のものと思われる名前が書かれた。
ああ、可哀想に。でも、私だって琴乃がいなかったらあの子みたいになっていたんだろう。
本当に琴乃が私の親友でよかった。何も誇れるものがない私だけど、唯一、琴乃が私のことを親友だと言ってくれることには胸を張れる
いけない。早く先生の所にノート取りに行かないと。
数学教師であり、担任でもある三国先生は若いこともあってノートチェックに熱心だ。よく教科委員にノートの回収を頼む。
大抵はそのたびに私が先生の作業場である数学研究室まで全員分のノートを運ぶことになる。
クラス委員の岡本君が教室全体を見渡す。
「呼び込みってお客さんから白い目でみられることあるから苦手なんだよね」
「しかも拘束時間なげぇよな」
教室の隅々からひそひそ声が聞こえてくる。7限目のこの時間、これに似たやり取りがずっと続いている。
「誰もやらないなら、私やってもいいよ」
琴乃が手を挙げた。
「待って、ダメよ、琴乃は。お姫様役誰がやるのよ」
「私はまだお姫様役って決まってないけど」
「それはもう、決まってるもんでしょ」
「結木は主役って定石だろ」
クラス中から反対の声が上がる。
「あー、じゃ、先に劇の演者を決めるか」
クラスメイトの反応を見た岡本君が、「演者」とマジックで大きく書かれた模造紙を黒板に張り付ける。
「琴乃がダメなら、桜は?」
「え?」
突然名前が呼ばれて私は戸惑った。
「桜が結木の代わりに呼び込みやればいいじゃん。いつも一緒にいるんだし」
「いや、でも、私はBGMの係だから……」
私は既に最初の方でBGMの係に決まってしまっている。これも誰もやる人がいないから引き受けたのではあるが、やりがいはありそうだし気に入っている。
「そんなに大変な仕事じゃないし掛け持ちできるだろ」
「え、で、でも……」
断らなきゃ、そう思っているのに何十人という期待の圧にやはり首を横に触れずに固まってしまう。
「BGMと呼び込みなんて掛け持ちできないでしょ。BGMが変わるまでの間に呼び込みに行ってたら、もしものことに対応できないよ。それに役職は人数分あるはずでしょ。何で掛け持ちの人が出たりするのよ」
見かねた琴乃が助け船を出してくれた。
「私、BGMの仕事に専念したいので、その、申し訳ないんですけど……」
琴乃が出してくれた助け船に乗り逃がすまいと、私はすかさずそう言った。
「まあ、仕方ないか。呼び込みは声が大きい男子がやればいいことだし」
クラスの女子から同意の声が出る。
「そうやってめんどい仕事ばっかり男子押し付けんなよ」
よかった。クラスの注意が私から逸れてくれた。
「それでは先ほど話に出た通り演者から先に決めていきたいと思います……」
女子のクラス委員の河野さんがそう言い終わるかわからないうちに、先生が教室のドアから顔を出した。
「悪い、立川と武田。どっちか数学研究室にチェックし終わったノートを取りに来てほしいんだが」
私は名前を呼ばれると、黒板に武田君の名前があるかチェックする。
まだ、ないな。
「私、もう役割決まってるから行ってくるね」
「おう、悪いな。立川」
さして悪いとも思っていなさそうな武田君のぬるい返事が返ってくる。
「桜、一人で大丈夫?」
斜め後ろの席の琴乃が心配してくれるが、お姫様役として一番の期待を寄せられている琴乃がここで席を外すわけにはいかない。
いつもこういう時には琴乃が一緒に来てくれるのだが、今回ばかりはそうはいかないようだ。
「大丈夫だよ。今は廊下の人通りも少ないし」
私は琴乃に笑顔を向けてから教室を去った。今日のこの時間は全クラスがロングホームルーム。廊下を歩いていると、どこのクラスからも学校祭についての話し合いが聞こえてくる。
まだ一か月以上も先の話なのにな。でも、学校祭っていうとやっぱり胸が躍るよね。
「ねえ、あんたお化けの役やってよ。髪長いんだし、ちょうどいいじゃん」
「そうだよ。やんなよ。絶対に似合うよ」
「俺もサンセー」
一人で静かな廊下を歩いていると、どこかのクラスからこんな会話が聞こえてきた。そっと覗いてみると教室の隅の方でぼさぼさの長い髪をしたおとなしそうな女の子が俯いていた。
どうやらお化け屋敷のお化け役が決まらないようだ。そして、役の押し付け合いが始まり、最終的に普段あまり意見を発さない静かなタイプの子に、クラスのみんなが結託して圧力をかけるというお決まりの構図になったのだろう。
「なぁ、いいよな」
「……」
女の子は俯いたまま答えない。
「嫌なの?」
「……」
「いいってー」
「じゃあ、決まりなー」
クラスの子たちは沈黙を肯定と受け取ったらしい。黒板の「お化け役」の文字の下にその子のものと思われる名前が書かれた。
ああ、可哀想に。でも、私だって琴乃がいなかったらあの子みたいになっていたんだろう。
本当に琴乃が私の親友でよかった。何も誇れるものがない私だけど、唯一、琴乃が私のことを親友だと言ってくれることには胸を張れる
いけない。早く先生の所にノート取りに行かないと。
数学教師であり、担任でもある三国先生は若いこともあってノートチェックに熱心だ。よく教科委員にノートの回収を頼む。
大抵はそのたびに私が先生の作業場である数学研究室まで全員分のノートを運ぶことになる。