「あ、これとこれ繋がる」

 一人の男子が紙の断片をパズルのようにくっつけた。

「ねぇ、やめなよ、西宮。人の手紙を盗み見るなんて最低だよ」

 女子から、その行為を咎める声が上がる。

「いいだろ。捨てられたもんなんだし。もう用済みってことなんじゃないの」
 
 楽観的な声で言った西宮君は、さも無邪気そうに目を輝かせて紙屑をいじり続ける。

「…っやめて!」

 琴乃がかなり声をあげて、西宮君から紙屑を奪い取った。

 猫が獲物を捕らえるような凶暴なしぐさ。

 西宮君はひっかき傷から滲む血を、苦い顔をしながら二、三度軽く舐めた。

 冷静沈着でめったに取り乱すことのない、ましてや人に手をあげるタイプでもない琴乃の取り乱した姿に、誰もが尋常ではない事態に陥ったことを察した。

「これ、結木が書いたの?」

 西宮君はなおもからっとした声で聞いた。


「……」

 琴乃の目に涙が滲み出る。

「おい、いい加減にしろ。これは見ちゃいけなかったものなんだ。忘れよう」

 岡本君が割って入り、西宮君に厳しく言い放つ。

 しかし、琴乃が泣き出してしまったので、その手紙が琴乃のものだと自白してしまったようなものだ。

「結木、ちょっと風に当たってこい」

 岡本君は、琴乃が一人になれるようにベランダに連れだそうとしたのか、背中に手をまわした。

「なんで、なんでよ……」

 だが、琴乃はその場から動こうともしなかった。

 周りの目を憚ることも忘れてしゃくり上げるように泣き続ける琴乃を見て、胸に罪悪感が押し寄せる。

 息をするのが苦しかった。

「ねぇ、見て」

 膠着状態があまりにも長すぎたせいだろうか。

 緊張感に慣れてきたクラスメイトたちの中には、気持ちが緩んでくる子もいた。

「え、これ岡本君宛なの?」

 しっ、と人差し指を立てながらコソコソ話する女子たち。

「そうなの⁉ これ岡本に書いた手紙なの? もしかしてラブレター?」

 光咲が大きな声を出した。自己中心的な気質を持つ彼女からは、遠慮というそぶりが全く見られない。

「結木の気持ち考えろよ」

 岡本君は怒りを滲ませた。

「……っひ、……う、うぅ……」

 琴乃は泣き止まない。

「おい、これ」

 また、別の男子が好奇心旺盛な声をあげる。

 好き、と書かれた紙屑がそう言った男子の手にのっていた。

「マジかよ……」

「これ大問題なんじゃねぇの」

「琴乃、かわいそう」

 ここにきてゴミ箱に捨てられていたものがラブレターではないのかという疑惑は確信に変わっていた。

「私、先生呼んでくる」

 一人の女子が廊下の方へ駆け出す。

 まずい、と思った。もしこれが先生にしれて大ごとになったら……。

 職員会議や臨時のPTAまで開かれて、教育員会も参加したいじめ防止に関する話合いにまで発展したら……。

 犯人探しが始まって、突き止められた後、私はどうなってしまうんだろうか。

 何とか、先生に報告されるのだけは阻止できないだろうか。

 でも、ここで急に私が出しゃばったら、私がやりましたって名乗りを上げるようなものだろう。

 私は知らず知らずのうちに小刻みに足を震わせていた。

 「呼ばなくてもいいよ。大事にしたって結木が苦しむだけだろ。これが俺に当てられたものなら、俺と結木だけの問題だ。俺らだけで解決できる」

 岡本君が女子生徒を止めようとする。

 私はほっと一息ついた。

 しかし、そう簡単にクラスメイトたちはおさまらなかった。

「岡本がクラス委員としてまとめようとしてるのは分かるけど、こんな大事、先生に黙ってるなんて無理だ。言っておいた方がいい」

「そうだよ、岡本君一人でどうにかできる問題じゃないよ。私、やっぱり行ってくるね」

 先ほどの女の子が教室を飛び出していく。

「琴乃は、手紙が捨てられてるって知らなかったの?」

 彼女が廊下の先に消えてしまった後で彩夏が琴乃に優しく尋ねる。

 琴乃は黙って頷いた。

「最後に手紙をどこにしまったの?」

 私は、彩夏のその質問に体の芯まで氷りついた。