運動場の景色がいつもより色褪せて見える。

 きっとここに来るのも今日で最後だ。

 私の手の中で琴乃から預かった手紙がカサリと音を立てる。

 角ばった封筒の感触から私の胸に罪悪感が広がった。


 昨日の夜、自分の部屋で一息ついてからこの手紙をまじまじと見つめた。

 琴乃は私を信用して大切な思いを託してくれた。絶対に封筒の中を除くような非人道的なことはしない。

 そう誓って机の一番下の引き出しに手紙をしまった。

 でも、音楽を聞いてても、漫画を読んでても、落ち着かない。
 
 引き出しが気になって仕方ない。私は引き出しから手紙を取り出した。

 高級な素材なんだろう。ざらざらとした紙を掌でなぞる。

 その独特の触り心地が、私の心に妖しげなひずみを広げていく。

 そして、ついに私は封筒に手をかけた。

 人の心の中を除いてはいけないという良心を、私の中の好奇心が駆逐してしまっていた。

 ばれないように、傷一つつけないように慎重に封を開けて、そっと中身を取り出す。

 中から出て来た薄桃色の紙の端と端を、つまむようにして持った。


香月へ
 
 今日はありがとう。あ、でも、これを受取る時には昨日になってるんだったね。

クラスも部活も一緒なのにお互い忙しかったりしてゆっくりお話ししたことがなかったけど、今日は二人っきりでちゃんと話せてすっごく楽しかった。

K-POPが好きだっていうのも気が合うなって思った。

中学の頃から香月が私のこと知ってたのには驚いちゃった!

始めて会ったのは陸上の中体連だよな、って私が何も言ってないのに言い出すもんだからエスパーかなって思った(笑)

しかも二百メートルで優勝したことも覚えていてくれて飛び上がりそうだった。

でもね、私も実は香月のこと、中学の時に陸上の大会で見た人だなって覚えてたよ。

無駄のないフォームで走る香月に一瞬で心を持ってかれちゃった。

実は陸上部のマネージャーになったのも香月に近づきたかったからなんだ。

実際話してみたらすごく優しくて、かっこよくて。漠然と抱いていた「憧れ」の気持ちが「好き」に変わりました。

好きです。

私と付き合ってください。
                                              結木 琴乃


 手紙には几帳面な字で岡本君への思いが綴られていた。

 手紙の中には私の知らない琴乃がいた。

 K-POPが好きだなんて聞いたことがないし、部活のマネージャーを始めた理由だって誤魔化して教えてくれなかった。

 マネージャーだとは聞いてたけど、陸上部だなんて知らなかった。

 裏切られたという悔しさとともに、劣等感がこみ上げてくる。

 いつも陸上大会で表彰台に上がる琴乃と違って私は予選落ち。

 予選だってぶっちぎりでビリだった。

 岡本君は華々しい成績を残した琴乃のことは覚えていたけど、予選で落ちた私なんかは記憶の片隅にだって残ってないだろう。

 なんて惨めなんだろう。