今ごろ琴乃たちは合コン楽しんでるんだろうな。

 泣きはらした顔で一人むなしくブランコに揺られていた。

 学校の横にある小さな公園のブランコだ。

 午後六時を過ぎていたこともあって公園には私の他に人はいなかった。

 トラックが四台止まるかどうかの広さの敷地に、錆びれたブランコと滑り台がぽつんと居座る寂しい公園である。

 琴乃とは小学生のころから仲良しだった。校外学習も、修学旅行も、普段の学校生活もいつも一緒。

 私たちは本当に気が合っていて何もかもが同じだと思ってた。

 でも、違った。

 中学に進んで定期テストの学年TOP10のランキングに載るのは琴乃だけだった。

 クラス対抗リレーの代表に選ばれるのも、生徒会役員に任命されるのも、部活動のレギュラーになるのも琴乃だけ。

 琴乃ばっかり美人になって、琴乃ばっかり人気者になって。

 いつのまにか私たちにはこんなに隔たりが出来てしまっていた。

 もうこれ以上私を置いて行かないでほしい。

 でも、きっと琴乃は私のそんな思いを踏み倒して、どんどん先へ進んで行ってしまうんだろう。

 ブー、ブー、ブー

 スマホが鳴った。取り出してみると、スクリーンに『琴乃』と表示されていた。

 合コン終わったのかな。

「もしもし、琴乃?」

 もう七時近い。こんな時間に電話がかかって来たのは初めてだ。

「もしもし、桜。今どこいる?」

「今?第一公園だけど」

「公園?なんでこんな時間に」

「何となく。琴乃こそどうしたの、こんな時間に」

「実はちょと相談したいことがあって。今からそっち行くね」

 それだけ言うと電話は切れた。

 さっきまで琴乃が離れて行っちゃうんじゃないかって不安だったくせに、実際に声を聞くとそんな不安がばからしくなった。

 こんな遅くでも相談したいと思って貰えていることが嬉しい。

 まだ、琴乃は私のそばにいてくれる。

「おまたせ~」

「うん、大丈夫だよ」
 
 琴乃はそれから十五分くらいに現れた。

「早速なんだけどさ」

 琴乃は私の横のブランコに乗って、軽く漕ぎながら口を開いた。

「桜は、岡本が私のことどう思ってると思う?あの、恋愛的な意味で……」

「え?」

 私は予想外すぎた琴乃からの相談に言葉を失った。

 今まで恋愛相談なんかされたことない。他人の恋愛に関するうわさ話にだってほとんど参加したことがない。

「正直に言ってほしいの」
 
 琴乃が追いつめてくる。

「……好き、だと思うよ」

「誰が誰を?」

「……琴乃ことを」

「私のことを?」

「……岡本君が」

 岡本くんが琴乃のこと好きだと思うよ。

 そう一言でいえばいいだけなのに、喉に言葉がつっかえて途切れ途切れにしか話せない。

 頭では分かっていても、声に出して言うことが怖かった。認めたくなかった。

「本当に?」

「本当だよ」

 琴乃はしつこく聞いてくる。

 何を今更。あんなに楽し気な、夢み心地な笑みを浮かべてたくせに。

 公園にやってきた琴乃のクシャッとした笑顔を思い出した。

 そうか、岡本君の笑顔って琴乃に似てるんだ……。

 私の中で何かがプツンと切れた。

「好きに決まってるじゃん。岡本君は琴乃のことしかみてないんだよ。他の誰かの気持ちなんてそっちのけで、ずっと琴乃に近づくためだけに行動してたんだよ。岡本君だけじゃない、みんな琴乃のことしかみてないんだよ」

 いきなりはきはきとしゃべり出す私に琴乃はあっけにとられていた。

「それは大げさ過ぎると思うけど」

 琴乃は俯いたままブランコを大きく漕ぎ始めた。

 勢いに乗ったブランコが、私の髪の毛を乱雑にさらっていく。

 あと少しで一周するんじゃないかというくらいにまでいったところで琴乃は足を伸ばして漕ぐのをやめた。

 ブランコの揺れは徐々に収まっていった。

 完全にブランコが止まって私の横に戻ってくると、琴乃は意を決したように鞄から小さな封筒を取り出した。

「これ、ここにくるバスの中で書いたラブレター。直接渡すのは恥ずかしいから、代わりに岡本に渡してくれない?」

 私は震える手でそれを受取った。手を伸ばしたときブランコの鎖がガチャンと耳障りな音を立てた。

「あの、中身は見ないでほしいの。桜のこと、信用してる。だから、私の気持ちを預かってほしい」

 薄暗い外灯に照らされている琴乃の頬には赤みがさしている。

「わかった」

 温度のない声で答えて、私は公園を後にした。

 真っ暗な夜道を全速力で走った。頬を伝う涙は涼しい風に吹き飛ばされて行った。