「来週からはテスト週間かー。なぁ、今週中にみんなとぱぁーっとやっちゃわね」

「いいね~。ぱぁーっとカラオケでも行きますかー!」

 テスト週間直前。

 クラスの陽キャたちはカラオケに行ったりボーリングに行ったりとそれぞれ思い残すことを発散していた。

 テスト勉強に集中するための儀式みたいなものである。

 中には合コンを始めたグループもある。

 学校祭期間はフルで彼女と楽しみたくね?というパリピ男子の一言が生んだらしい。

 テスト期間は女の子と遊べる時間ないから、今のうちに彼女作っとこうぜ!という発想のようだ。

 というわけで、近頃は同じ人数の男女が集まって遊びに行くというのが流行っている。

 クラスの中でも地味な私に声がかかることはなかったが。

 金曜日、遊び惚けていられる最後の一日には、特に男子の間でその気運はピークに達していた。

「今日がラストチャンスだってのに、女子二人しか集まってないんだよなー。男子は五人もいるんだけど」

 教室のど真ん中で机に腰掛けた男子たちが大きな声で話している。

「六人ずつくらいは欲しいよなー」

 堅実な女子たちはテスト週間前から勉強に取り掛かり始めるので、参加メンバーを集めるのになかなか苦労しているようだ。

 それに加え、うちの高校は女子の人数が圧倒的に少ない。

「せめて一人でも人気のある男子が来てくれればなー」

「あれは、岡本とかは」

「どうせ部活だろ」

「いや、今日は確か野球部が他校との練習試合でグラウンド貸しきってるから、陸部は休みのはずだ」

 合コンなんてくだらない。やりたい人が勝手にやって勝手にくっつけばいい。

 そう思っていたはずなのに、岡本君の名前が出た瞬間に私の耳はその話に釘付けになっていた。

「確かあいつ今フリーだろ。噂によっちゃ片思いしてる女子は山のようにいるらしいぜ。あいつ呼べば、女子つれるんじゃねぇか」

 ショックだった。

 岡本君に気を持ってる女子がたくさんいること。

 イケメンで頭もよくて運動も出来る。ちょっと横暴なところもあるけど相手に気負わせることのない優しさを持つ岡本君がモテないわけがない。

 そんなことはわかっていた。

 でも、心のどこかであの態度は自分にだけ向けられた特別なものなんじゃないかって淡い期待を抱いていた。

 でも、自分はその山のような女子の一人でしかない。

 そして、それたまらなく嫌だと思った。

 つまり、私は叶わない恋心を抱いてしまっていたということだ。

 私は岡本君の彼女でもなければ、彼のことが好きなわけでもない。好きにすればいい。

 そうやって割り切ることが出来ないほど彼に夢中になってしまっていた自分に、今初めて気がついた。

「おーい、岡本。お前、今日の放課後空いてるか?」

 教卓の近くで友達と話しこんでいた岡本君が振り返る。

「空いてるけどなんかあるのか?」

「合コンの人数が足りねぇんだよ。ちょっと付き合ってくれ」

「俺そういうの興味ないんだけど」

 岡本君はあからさまに嫌そうな顔をした。

「後生の頼みだ!お前がいないと合コン成立しねぇんだよ。なぁ、頼むよ」

「誰でも好きな女子指名してもいいからさ~」

 岡本君はしばらく拒んでいたが、相手がなかなか引き下がらないのでしぶしぶ承諾したようだった。

 彼が誰を指名するのか聞きたくなくて私は教室を離れた。

 まさか、後にあんな形で指名相手を知ることになるとは思ってなかったけど。



「結木、今日の放課後空いてるか?」

 六時間目が終わって琴乃と帰ろうとしていたとき、休み時間に話し込んでいた男子に琴乃が話かけられた。

「合コンやろうぜ」

「えー、そういうの趣味じゃないんだけど」

「硬くなるなよ~。友達を増やすチャンスなんだからさ。それに、岡本のご指名だぜ」

 スクバについていたストラップをいじっていた私の手が止まる。

 「おい、結木を指名したこと誰にも言うなってしつこく釘刺されてたの悪れたのかよ」

 もう一人の男子が慌てて耳打ちした。

 相当動揺しているようで、その耳打ちさえも周りに聞こえてしまっていることに気づいていない。

 それを聞いた琴乃の返事は早かった。

「そんなに言うんだったら行ってもいいかな」

 私は岡本君の名前が出されたときの琴乃の表情を見逃さなかった。

 明らかに嬉しそうな、勝ち誇ったような顔をしていた。

 視界が涙で霞む。
 
 わかってた。岡本君は私みたいな人間の手に届くような人じゃないって。

 わかってた。ずっと好きになっちゃいけないって心に言い聞かせてきたはずなのに。

 でも、気まぐれに話しかけてくれる優しい声が心地よくて、かすかに感じるたくましい肩が頼もしくて……。

 いつの間にか心の防壁を溶かされてしまっていた。

「ごめん。私、委員会の仕事思い出した。先、行くね」

 もちろん嘘だ。委員会の仕事なんてない。

 溢れ出てくる涙を止められなくて、急いでトイレへ駆け込んだ。

 全てわかってしまった。

 どうして彼が私に優しくしてくれたのか。

 職員室に行くまでの廊下であんなことを聞いたのか。

 彼ははじめから琴乃のことが好きだったのだ。琴乃に近づくために琴乃と仲良しの私に近づこうとしたのだ。

 警戒していたはずなのにコロッと騙されてしまった自分に腹が立つ。

 かわいくて、器量もよくて、勉強も運動もできる琴乃に負けるのは仕方ない。

 何度も自分に言い聞かせる。

 それでも涙は止まらなくて、やっと目が乾いたころにはもう太陽は沈みかかっていた。