今日は、琴乃が部活だから一人だ。岡本君に呼び出されていたし、丁度いい。
運動場横のベンチに腰掛けた時には、岡本君はもう既に陸上部の練習に入っていた。
今日の休み時間に私をからかっていたのとは全く違う、真剣な眼差しをしていた。
何かに打ち込んでいる人って輝いて見える。
それが自分にとっては無縁な運動部ともなると余計にかっこよく見える。
運動場の外周を何周かし、百メートルを四,五本走ったところで顧問の先生が休憩の合図を出した。
岡本君は、一息つく間もなく数人の女子に話しかけられてしばらく話し込んでいたが、ベンチに私が座っていることに気がつくとすぐにこちらに走って来た。
「来てくれたんだ」
「岡本君が大切な話があるっているから」
「ああ、それね。ごめん、嘘」
は?
私は岡本君が何を言っているのかわからなかった。
「そうでも言わないと来てくれないかと思って」
「なんでそこまで……」
「ね、騙されついでに聞いてくれない?俺の悩み」
「岡本君にも悩みなんてあるの?」
私の純粋な疑問に岡本君は声をあげて笑った。
「お前さ、俺のこと聖人かなんかだと思ってんの?悩みなんて山ほどあるよ」
岡本君は私の隣に腰掛けた。
「俺ね、陸上やめたいの」
「えっ!」
「驚いた?」
「まあ、それは」
ほぼ初対面の人にいきなりそんなことぶっちゃけられても困る。なんといっていいか分からなくて、無言の時間が続いた。
そうしているうちに、また、笛の音が鳴った。
「あ、もう休憩時間終わるわ。じゃあな」
颯爽と駆け抜けていく後ろ姿。
陸上をやめたい人の走りとは思えない。
でも、そう打ち明けた彼の表情の陰りが私には噓には思えなかった。今度の言葉は本当だと思った。
コースに歩幅を合わせるための目印を置いて、そこに足を合わせて走る練習を何度もやっている岡本君。
首をひねりながらも繰り返していることから、苦戦していることが窺える。
教室では飄々としていて、先生からの難問にもあっさりと答えられてしまう岡本君からは想像もできなかった。
人の一面だけ見て、何もかもうまくいってそうだと判断してしまったことを後悔した。
岡本君は、目印に足が思うように届かなくて何度もコースを往復している。
やめたいものにこんなに打ち込めるだろうか。私は彼の姿から目が離せない。
結局うまくいかないうちに時間が過ぎてまた休憩時間が来た。
「まだいてくれたんだ」
岡本君は私を見て少し意外そうな顔をしながらも嬉しそうだった。
そりゃそうだ。深刻な悩みを打ち明けられておいて放置して帰るのは気が引ける。
「ねぇ、うちの学校の陸上部って合宿とかあるの?」
とはいえ私は何か言えるわけでもなく、適当な話題を振った。
「合宿?あるよ」
「私、合宿って憧れなんだ。どんな感じなの?」
私が聞くと岡本君は、どんな感じって言ってもなぁ、と困った顔をしながらも去年の夏季合宿の話をしてくれた。
肝試しで、後輩がお化け役で先輩を脅かした話とか、みんなで手持ち花火をした話がとか。青春という名のキラキラが詰まっていた。
「あのさ、ごめんね。悩みなんかなさそうだなんて言っちゃって」
「変なこと気にすんだな」
「そうかな。でも、ちゃんと岡本君のこと知りもしないくせに、思い込みで話しちゃってた。ちゃんと岡本君の気持ち、考えてなかった」
岡本君は私の言葉を驚いた表情で聞いていた。
「俺が悩んでるって言うとみんな冗談言うなよって言って信じてくれなかったり、そうでなくても意外って言うんだ。でも、それをわざわざ謝って来たのはお前が初めて」
岡本君が穏やかな声で答えた。
「そういうところが、俺、面白いって思うんだ」
「面白い?私、変なの?」
「さあな。でも、俺はいいと思う。人の気持ちを考えられるって大切なことだ。俺そういうの苦手だから」
岡本君は微笑した。
「でも、岡本君はみんなから慕われてるよ。それって人の気持ちを分かってあげられてる証拠なんじゃないかな?」
「だといいけどな」
どこか切なげな言葉を地面に落とした。それと同時くらいに集合の笛が鳴った。
「もう休憩終わりか、早ぇーな」
また岡本君は運動場に軽やかな足取りで戻っていった。
運動場横のベンチに腰掛けた時には、岡本君はもう既に陸上部の練習に入っていた。
今日の休み時間に私をからかっていたのとは全く違う、真剣な眼差しをしていた。
何かに打ち込んでいる人って輝いて見える。
それが自分にとっては無縁な運動部ともなると余計にかっこよく見える。
運動場の外周を何周かし、百メートルを四,五本走ったところで顧問の先生が休憩の合図を出した。
岡本君は、一息つく間もなく数人の女子に話しかけられてしばらく話し込んでいたが、ベンチに私が座っていることに気がつくとすぐにこちらに走って来た。
「来てくれたんだ」
「岡本君が大切な話があるっているから」
「ああ、それね。ごめん、嘘」
は?
私は岡本君が何を言っているのかわからなかった。
「そうでも言わないと来てくれないかと思って」
「なんでそこまで……」
「ね、騙されついでに聞いてくれない?俺の悩み」
「岡本君にも悩みなんてあるの?」
私の純粋な疑問に岡本君は声をあげて笑った。
「お前さ、俺のこと聖人かなんかだと思ってんの?悩みなんて山ほどあるよ」
岡本君は私の隣に腰掛けた。
「俺ね、陸上やめたいの」
「えっ!」
「驚いた?」
「まあ、それは」
ほぼ初対面の人にいきなりそんなことぶっちゃけられても困る。なんといっていいか分からなくて、無言の時間が続いた。
そうしているうちに、また、笛の音が鳴った。
「あ、もう休憩時間終わるわ。じゃあな」
颯爽と駆け抜けていく後ろ姿。
陸上をやめたい人の走りとは思えない。
でも、そう打ち明けた彼の表情の陰りが私には噓には思えなかった。今度の言葉は本当だと思った。
コースに歩幅を合わせるための目印を置いて、そこに足を合わせて走る練習を何度もやっている岡本君。
首をひねりながらも繰り返していることから、苦戦していることが窺える。
教室では飄々としていて、先生からの難問にもあっさりと答えられてしまう岡本君からは想像もできなかった。
人の一面だけ見て、何もかもうまくいってそうだと判断してしまったことを後悔した。
岡本君は、目印に足が思うように届かなくて何度もコースを往復している。
やめたいものにこんなに打ち込めるだろうか。私は彼の姿から目が離せない。
結局うまくいかないうちに時間が過ぎてまた休憩時間が来た。
「まだいてくれたんだ」
岡本君は私を見て少し意外そうな顔をしながらも嬉しそうだった。
そりゃそうだ。深刻な悩みを打ち明けられておいて放置して帰るのは気が引ける。
「ねぇ、うちの学校の陸上部って合宿とかあるの?」
とはいえ私は何か言えるわけでもなく、適当な話題を振った。
「合宿?あるよ」
「私、合宿って憧れなんだ。どんな感じなの?」
私が聞くと岡本君は、どんな感じって言ってもなぁ、と困った顔をしながらも去年の夏季合宿の話をしてくれた。
肝試しで、後輩がお化け役で先輩を脅かした話とか、みんなで手持ち花火をした話がとか。青春という名のキラキラが詰まっていた。
「あのさ、ごめんね。悩みなんかなさそうだなんて言っちゃって」
「変なこと気にすんだな」
「そうかな。でも、ちゃんと岡本君のこと知りもしないくせに、思い込みで話しちゃってた。ちゃんと岡本君の気持ち、考えてなかった」
岡本君は私の言葉を驚いた表情で聞いていた。
「俺が悩んでるって言うとみんな冗談言うなよって言って信じてくれなかったり、そうでなくても意外って言うんだ。でも、それをわざわざ謝って来たのはお前が初めて」
岡本君が穏やかな声で答えた。
「そういうところが、俺、面白いって思うんだ」
「面白い?私、変なの?」
「さあな。でも、俺はいいと思う。人の気持ちを考えられるって大切なことだ。俺そういうの苦手だから」
岡本君は微笑した。
「でも、岡本君はみんなから慕われてるよ。それって人の気持ちを分かってあげられてる証拠なんじゃないかな?」
「だといいけどな」
どこか切なげな言葉を地面に落とした。それと同時くらいに集合の笛が鳴った。
「もう休憩終わりか、早ぇーな」
また岡本君は運動場に軽やかな足取りで戻っていった。