「だから、何でもないんだってば」

私はおにぎりを頬ばりながら琴乃に言う。

「ほんとに?」

「ほんとだって」

 岡本君との一件。普段は私の言葉を素直に受け止めてくれる琴乃だが、今回はいぶかしげに何度も聞いてくる。

「ならいいけどさー。桜もさ、もう高三でしょ。誰かいないの、好きな人とか?」

 ああ、そういうことか。

「琴乃、もしかして岡本君のこと好きなの?」

 私が直接的な言葉をぶつけると、琴乃は飲んでいた野菜ジュースを噴き出した。

「や、やだなぁ。そんなわけないでしょ。急に変なこと言い出さないでよ」

 そういう琴乃の目は泳いでるし、笑顔は引きつっている。

「だって、前に連ドラの話したとき岡本君の名前出してたから」

「あれは例えばの話だよ」

「じゃあ、琴乃が好きなのは誰なの?」

「いないよ、そんな人」

「恋したくなったって言ってたのは?」

「したくなったって言っただけで、したとは言ってないでしょ」

 琴乃にしては珍しく語気を強めて反論してくる。
 
 普段はもっと余裕をもって間延びさせながら答えるのに。

「でもさ、桜。岡本はさすがにやめときなよ。あいつ色んな女子からモテるから、倍率すごいよ。それに、桜とは合わないんじゃないかな」

「ない、絶対にないから!やっぱ変だよ、琴乃。私と岡本君に限ってそんなことあるわけないでしょ」

「私は桜が心配なの。岡本は色んな女子にちょっかい出すから、普段あんまり男子とかかわらない桜が、勘違いしちゃうんじゃないかって」

「安心して。あり得ないから」

「気をつけなよ」

 琴乃が念押してくる。

「もういいでしょ。それより、隣の家に住んでる人の話聞いてよ。昨晩も遅くまでお風呂で歌っててさ……」

 私は話を変えた。これ以上この話題を引きずりたくなかった。