バスに揺られながら昨日の出来事を思い出して溜息が漏れる。今日は特にすべき活動は無いようで昨日のように連行されることはなかった。

 見ず知らずの他人の為に割く時間なんて俺にはない。

 いつもの公園に向かうと、今日も楓は公園のベンチで空を見上げていた。まるで空から何かが降って来るのを待っているように。

「上に何かあるのか?」

 隣に腰かけて空を見上げるが曇天が広がるだけで特に変わったことはない。

「もうすぐ雨が降るなって思ってさ」
「予報でもそんなこと言ってたな」

 雨が降ればここには居られない。この曇天もあの女の仕業な気がしてしまい意味もなく苛立ってしまう。

「どうかしたの? 顔が怖いよ」

 楓は自分の顔を指さしながら笑顔を作るように促してくる。

「何かあった感じだね」

 こんな風に慈善活動の事を話す気は無かったのだが、こうなってしまっては仕方ないので俺は昨日あったことを楓に話す。もちろん一緒に活動する糸杉が先日の女子であることは隠した。

「慈善活動ってなんだか漠然としてるね」
「そうなんだよな。俺にはあの先生の自己満足に付き合わされているとしか思えない」
「聡くんの為に頑張ってるんだから悪く言うのはダメだよ」

 果たして、この慈善活動とやらは何の目的で行われるのだろうか。関山先生は俺の為だとか言っていたが、それならば糸杉はどうしてこの活動に参加しているのだろう。

 とてもではないが糸杉が他人の為に活動するなんて想像が出来ない。
 ましてや俺の為になど絶対に動いたりしない。寧ろ俺の邪魔をする為に動いているように思える。

「それより、この前の女の子には出会えた?」
「俺の狭い交友関係じゃ見つけられなかったよ」

 嘘がばれないように視線を逸らして何でもないことのように言う。
 楓に嘘を付いているのにもかかわらず、罪悪感を抱かないのは糸杉に関することだからだろう。

 あいつになら何をしても構わない。出会って間もないというのに俺は糸杉に対して嫌悪ににた感情を抱いている。

「本当に?」
「本当だよ。どうしてそこまで拘るんだ?」
「あの子、似ている気がしたの」
「誰に?」

「……聡くんに」

 言葉を選ぶようにゆっくりと話す。
 
 一瞬むっとした感情を隠すために迫るような曇天に視線を逸らす。

 楓の直感は馬鹿にできないけれど、今回ばかりは見当違いだ。俺はあんな奴とは似ていない。

 教室での糸杉梓を思い出して呆れた笑みがこぼれる。

 あいつは典型的な転校生を演じていた。

 投げかけられる質問には朗らかに答え、物珍しさに近寄って来るクラスメイトには当たり障りのない対応をしていた。

 転校生という属性を除いてしまえば、糸杉は何処にでもいる普通の女子高生だ。時間が経てばクラスの輪の仲間入りだろう。しかしそれは偽りの姿であり、俺に向けるあの視線こそ、本当の糸杉梓だ。

 世の中を諦めてしまったように、悲哀の色が深く刻まれた瞳。それなのに俺に向けられる視線にはしっかりと憎悪を混ぜてぶつけてくる。

 俺は糸杉とは教室でコミュニケーションを取ることを避けるようにした。

 彼女の存在自体が全てを破壊しかねない爆弾のように思えて、下手に触れてしまうと取り返しのつかないことになりそうな気がしていた。

「あの子の話は辞めよう。もう二度と会うことはないんだし」
「……うん。わかった」

 本当は教室に行けば嫌でも視界に入ってしまうが、楓と会っている間だけは忘れたい。
 この時間までもあいつに邪魔されるのは御免だ。

「それでこれからなんだけど、その活動の所為でここに来る回数が減ると思う。ごめんな。寂しい思いさせて」
「大丈夫だよ。慈善活動頑張ってね」

 大きく首を振る楓の言葉に嘘はない。表情にも寂しさはなく、むしろ俺の生活の変化を喜んでいるように見えた。

 そんなことはないのだろうけれど、まるで俺と会えなくても平気だと言われているようで、心に空洞ができたような気持になる。

 あいつと出会ってから俺は泥沼に嵌ったようにずるずると沈んで行っているように感じる。どんなに足掻いたところで沼からの脱出はかなわず、糸杉の思惑通りに事が進んでいく。

 糸杉梓、あいつが大人しく慈善活動なんかするわけがない。
 何か意図があって俺を巻き込んだにきまっている。

「あ」

 楓は短く声を上げて空を見上げる。
 公園の白砂に雨の一滴が弱々しく落ちて一点のシミを作る。

「そろそろ帰らなきゃだな」

 俺たちを引き裂くような雨に世界までも俺の邪魔をしてくるようで苛立ちが募った。

 自分ではどうしようもない理不尽なことに憤るなんて久しぶりだ。