意識が保てたのはそこまでだった。オレの精神は限界を迎え気を失ってしまう。
目が覚めた時は病室で、家族が心配そうにオレを覗き込んできたのを見た時
夢で良かったと勝手に決めつけて安堵したのを覚えている。
その後、両親から歩道に乗り上げた車に楓が轢かれ意識不明の重体であることを知らされても、オレは気を失う前に嗅いだ鉄臭い臭いとは裏腹に、ここは清潔感のある消毒液の匂いがすると現実から目を背け続けた。
オレは周りから被害者のような扱いをされたが、事故原因を作ったのは間違いなくオレだ。
お前が道路に飛び出しさえしなければ楓はこんなになることはなかった。
誰もそう言ってオレを責めることはしない。責められるのはオレを避けようとした運転手ばかり。
状況をすべて見ていただろう聡でさえもオレを責めることはなかった。
オレが轢かれていれば良かったのに。
そう思っていたのは最初の内だけだった。
年月が流れるにつれて古くなった角質が剥がれていくように、罪悪感が少しずつ薄れていった。
それは記憶も同じで最後に見た楓の顔をはっきりと思い出すことが困難になった。
まるでなんでも飲み込んでしまう穴が徐々に広がっていくような感覚だった。
病室に行ってもチューブに繋がれた楓の姿は当時の事を思い出させてはくれない。
楓よりも強く残るものがオレにあれば、この穴を埋められる何かがあれば、そう思って唯一の取柄だったサッカーを我武者羅に続けた。
だけどブラックホールのようなその穴は決して埋まることはなく、寧ろ日増しに広がって行く。
絶望しかなかった。忘れたくないものが記憶から消えようとしている。このまま楓が完全に消えた時、この穴は内側からオレを飲み込んでしまうのだろう。
だから病院の帰りに何かに縋るように事故現場に行き、そこで公園で一人まるでそこに誰かがいるように楽しそうに話をする聡を見た瞬間、言いようのない黒い感情がオレを支配していくのがわかった。
聡には楓が見えている。
だったらオレもそれを見られるようにすれば救われる。
だが方法がわからない。そうこうしているうちに記憶から楓が消えていく。
焦燥にかられるは偶然女子高生が交通事故に遭う瞬間を目撃してしまう。オレの中で何かが変わったとすればあの時だった。
三年前を再現すればいい。そうすればオレはまた楓の事を思い出せる。
それからオレは死にたがりの女子を探しては、確実に死ねる方法と偽り、車道に飛び出すように仕向けた。
しかし、どれも失敗だった。車に跳ね飛ばされる少女たちはどれもチープな映画のワンシーンの様で、楓を想起させてはくれなかった。
何がいけないのか。それをあいつから指摘されてようやく気付いた。
あいつは何故か三年前の事故を知っている。だからあの場所で同じことを行なうと言われた時は正直驚いたが、あいつもそれで同意している。
思わぬ相手と利害が一致した。
これで最後になるだろう。ちょうど良い事に雨も降り始めた。