「えへへ。そうだよね。どうしてこんなこと言ったんだろう」

 いつも以上に照れくさそうに笑う彼女を見ていられなくて、オレは逃げるように傘から飛び出る。

 あんな痛々しい笑顔は見ていられなかった。

 大事に育んできたものを一時の過ちで台無しにしてしまったような、もう二度と同じ関係には戻れないことを悟っている、そんな笑顔。

 そんな顔をさせたのは他でもないオレだ。

 情けなくて、悔しくて、オレは逃げ出した。

「まって車が!」

 ブレーキ音が彼女の声を切り裂いていく。
 
 ヘッドライトに照らされた視界は白い靄に包まれ、時間が緩やかに進んでいく感覚に陥る。

 これが走馬灯なのか。

 けたたましいブレーキ音が耳を劈き、このままオレは彼女に謝ることも、本当の気持ちを告げることも出来なのだと思った。

 そんなのは嫌だ。オレはまだ死にたくない。

 願いが通じたのか、雨を切り裂いて向かってくる車は直前でハンドルを切りすぐ横を通り抜けた。

 ブレーキ音を引き連れて通り過ぎた車は何かにぶつかる鈍い音を立て、次いで地面を揺らす程の音を轟かせる。

 壊れたクラクションが、時間を引き延ばしたようにいつまでもなり続けていた。