傘を持ってこなかったことをこんなにも幸運に思ったことはない。
 正午から降り始めた雨は止む気配を見せず、夕方になった現在もしとしとと降り続いている。
 先日、夏至を迎え暦の上では夏になるのだが雨の日の風は少し肌寒い。しかし、その風が火照った体を冷やすのに役立っていた。
 オレたちは一つの傘を分け合ってゆっくりとした足取りで歩く。肩が触れ合う度に相手の体温が直に伝わって来る。そうする度に身体は電流が走ったように強張った。
 隣で無邪気に話す彼女を異性として意識し始めたのは最近になってからだ。
毎日一緒に馬鹿な事ばかりしているオレたちのことを、友人たちはお似合いだと囃し立てる。内心では嬉しいのだが、オレたちは幼馴染という関係から先に進めていない。
 オレたちはまだ中学生だし、恋愛には疎い。それに彼女は誰に対しても分け隔てなく優しく、気さくである。
あいつにだって……
 下手に告白をして今の関係が破綻してしまう事をオレは一番恐れている。しかし、この関係をいつまでも続けるわけにはいかなくなってしまった。
これは杞憂ではない。
 先日、もう一人の幼馴染に彼女の事を好きだと打ち明けられてしまった。
 彼がどうしてオレにそんな事を伝えたのか、その意図はわからない。
 しかし、彼女がそいつと寄り添いながら去って行く様子を想像するだけで、胸を鷲掴みされたように苦しくなった。
 だからこそ、この曖昧な関係を終わらせる必要がある。
 ちゃんと、自分の気持ちを言葉にしよう。
 別に彼女があいつのことを好きだと決まったわけじゃない。オレにだってチャンスはある。ここで告白したら抜け駆けのように思えたが、オレは決めたことをすぐにやらなくては気が済まない性格だ。そんなことはあいつだって知っているはずだ。
 赤信号で立ち止まり、普段の何気ない会話を切り上げて、彼女を見つめる。
 逃げ出したいほどの異様な沈黙の中、意を決して口を開く。

 オレは――

 わたし聡(そう)くんが好きなんだ。

 言葉を先に口にされてしまった事をオレは今も後悔している。