車を走らせて、再び山を登っていく。

所によって道幅が狭くなる。

対向車とすれ違うことができない、一車線道路もあった。

その場合は、手前の停車位置ですれ違う。

小さな橋を幾つか通り過ぎ、トンネルを抜ける。

「もう少しで着くぞ」

私はバックミラーをちらりと見て言う。

妻と娘の表情に少しだけ疲労感が伺える。

気分が下がっているのがわかった。

「だいぶ登ってきたね」

妻が窓越しに木々を見ながら言う。

妻の顔に木漏れ日がほろほろと当たる。

いつも見慣れている妻の顔が一段と艶やかに見える。

私の中で何かがそわそわと高ぶり、心ときめいた。

 開けた場所に到着した。

百台以上、駐車できる程の大きな駐車場があった。

山を削り、埋め立てて建設したのだろう。

山から水平に駐車場が広がり、整備されている。

地面はコンクリートが敷かれ、所々にひび割れがある。

白線や矢印で通行案内が記されている。

駐車場の出入り口の近くに路線バスのバス停がある。

崖側は人の滑落を防ぐための鉄の柵で囲われている。

山側は木製のレストランが建っていた。

駐車スペースの半分以上は車が駐められ、多くの人で賑わっていた。

歩行者に気をつけながら徐行する。

崖側の駐車スペースに駐めた。

私達は車から降りる。

崖側を見ると、山並みや市街地が一望できた。

山並みは大山小山と重なり合い、地平線へと続いている。

地平線は僅かに曲線を描いている。

地平線に近づくにつれて、景色が白くぼんやりと見えた。

視界の下には色とりどりの屋根が広がり、市街地を彩る。

建物一つ一つが小さく見え、まるでジオラマの中に入ったようだった。

私達もあの小さな建物の一つに住んでいる。

行き交う車が小さく微かに見える。

一定の間隔で車の流れが止まる。

信号が赤になって止まっているのだろう。

青になれば、どの車も動き出す。

私もそうしてここまで来た。

当たり前で考えることはなかったが、ふと、無機的だなと小さく嘲笑した。

「思っていたよりも遠かったな」

私はそう言いながら背伸びする。

「お疲れ様」

妻は私を労う。

「いやいや、車に長時間乗っているほうも大変だよ、お疲れ様」

私は返した。

「うん、少し疲れちゃった」

妻もそう言うと背伸びした。

「あのレストランで少し休憩しようか」

私はレストランの方向へ顔を向けて言う。

「そうだね」

 私は娘の左手と手を繋ぎ、妻は娘の右手と手を繋いだ。

私達は、レストランへ向かって駐車場を歩いていく。

駐車場内の車の通路には各所に横断歩道がある。

私達は、横断歩道を通り、駐車場を渡っていく。

「横断歩道はね、手を挙げて渡るんだよ」

娘は私と妻と手を繋いだまま、両手を挙げる。

「両手は挙げなくてもいいんだよ?」

私は娘に言う。

「だって、お父さんもお母さんも挙げないから挙げさせてあげてるの」

娘は返した。

「確かにお父さんとお母さんが挙げないのはおかしいな」

私は不意に頭を掻く。

私は娘に返す言葉が見つからなかった。

「ねえ、凄いんだよ! 見て見て!」

娘は突然、大きな声で言う。

娘は私と妻の顔を見上げていた。

娘は目を大きく見開き、屈託のない笑顔だった。

娘の大きな黒い瞳は好奇心に溢れている。

娘は私と妻の手を強く握ると、両足を地面から浮かせた。

突然、片方の腕に強い重さが加わり、私の体勢が傾く。

しかし、すぐにその重さの分の力を加えて体勢を立て直す。

両足を浮かせた娘は、膝を曲げて、空中で屈伸している。

「重たいってー」

妻が笑みを浮かべながら眉を下げる。

娘はきゃきゃっと笑い声を出して遊ぶ。