状況を理解する時には、老婆が店内へ入った後だった。

私は驚きを隠せない表情のまま、後尾に振り向く。

列に並ぶ人達の視線が私の顔に集中する。

私は後尾の人達に小さく頭を下げた。

私達の次の人は、いえいえと手を横に振る。

その後ろの人達は、私が頭を上げた頃には視線を外していた。

「なんだよ、あの婆さん」

後尾の若い男性が高圧的に言い捨てる。

その男性は腕を胸の前で組み、出入り口を見る。

賑やかだった列はまるで葬列のようだった。

ひやりとした湿った風が体の隙間をぬめりと通り抜ける。

「お待たせしました。次のお客様どうぞ」

店員は、私達を店内へ誘導する。

店内は屋外よりも薄暗い。

出入り口の前にある会計カウンターの横を通る。

私達は、店内の奥へ歩いていく。

内装は、木を基調としたウッドハウスのようだった。

天井は、梁や軒桁(のきげた)が剥き出しになっている。

壁も木材で統一されている。

床も木材のフローリングが広がっている。

一つ一つの木材は、焦げ茶に黒くくすんでいる。

おそらく、表面を焼くことで耐久性を上げているのだろう。

店内の中央には、噴水のモニュメントがあった。

滞りなく水が小さく噴き出ている。

更に奥へ進んでいく。

外観で思っていた大きさよりも、店内は広かった。

店内は賑やかなで家族やカップルが多くいる。

個々で会話を楽しみ、笑顔を溢している。

最近では、スマートフォンを片手に食事をする人を多く見かける。

しかし、こちらでは誰もスマートフォンを操作する者が居ない。

「こちらでよろしいでしょうか」

店員は、掌(てのひら)で席を指す。

そこには四人席があった。

「はい、大丈夫ですー」

妻は答える。

私と妻は対面して座り、娘は妻側の席の窓際に座った。

私達が席に座ると、店員は一礼して離れた。

私達の席の頭上には大型のテレビが設置されている。

子供の背丈位の大きさがある。

そのテレビは、たわいもないニュースを映していた。

交通事故や事件などを取り上げている。

テレビは身の回りには関係のない内容を延々と映す。

内容が住まいが同じ県だと、何となく親近感を覚える。

しかし、それ以外は、いつもと変わり映えがない。

「あそこに居るよ、あの婆(ばあ)」

妻が右の方向に顔を向けて言う。

私達の席と向かい側の席の間には、通路がある。

その向かい側の席から更に三つ奥へ進んだ席に、先程の老婆が座っていた。

その老婆は、四人席を一人で座っていた。

メニューを開くこともなく、持っていた分厚い本を広げて見ている。

視力が良くないのか、老婆は分厚い本のページに顔を近づけている。

その距離は、三センチも無い。

ページの細部まで見ているのではなく、一点を凝視している。

一向にページを捲らない。

私は異様な気味の悪さに視界から外そうとする。

しかし、ふと気がつくと、ついつい目を向けてしまう。

「気にしないで食べよ?」

妻は私の警戒する目の動きに気が付いて言う。

妻は私に向けて、メニュー表を開く。

「ああ、ごめん。そうだね、食べて早く出ようか」

私は妻に言う。

「うん」

妻は唇を閉じて小さく頷くと、もう一つのメニュー表を開いた。

妻は娘と二人でそのメニュー表を見始めた。

愉快な話し声が店内を飛び交う。

その声は笑顔が下がった私達には、雑音にしか聞こえなかった。