あれから何日たっただろうか。火葬も葬式も終わったが俺の時間は香織の死から止まったまま動くこともない。
髪の毛はボサボサで髭も生え、ご飯は惣菜かカップラーメンしか食べないというただの落ちこぼれの姿に変わった。
エキザカムも凌君と奈々ちゃんに事情を伝えて閉めているけど香織がいない今は閉店させようかなとも考えている。お腹が空いたから冷蔵庫の扉を開けるともうすっからかんな状態だったため、買いに行こうと外に出ると既に暗かった。でも、こんな俺には夜の暗さが心地よかった。
 スーパーで惣菜とカップラーメンを買い、家に戻って電気をつけると驚いて買い物袋が手から滑り落ちて買った物が俺の足元にゴロゴロ転がった。状況が把握できる訳もなく、鼓動がうるさいくらい俺の耳に鳴り響いている。
 だってそこには居るはずの無い香織が、俺がずっと求めいた香織がいつもの優しい笑顔で俺のことを見ていたのだから。
 香織は白いワンピースを着ていて綺麗だけど、顔色が悪いせいかどこか不気味に見える。
「香織…。死んだって嘘だったのか。」
香織の死を受け入れたくない自分がいたから香織には嘘だと言ってほしかった。
「ううん、嘘じゃないよ。私、轢かれて死んじゃったの。」
香織の目から我慢していた涙がこぼれ落ちる。そんな姿を見てどうしても死んだようには思えない。「だって泣いているじゃん。普通死んだら泣けないでしょ。俺ら話せてるし触ることだって出来るだろ。」
そう言って香織を抱きしめようとしたけど無理だった。何回試しても空気を掴むだけで香織をすり抜けてしまう。
「何で…。何でこんなに近くにいて香織に触れられないんだよ。クソッ。」
悔しくて握りしめた拳でテーブルを殴りつけた。怖がらせたと思って香織の方を見ると香織はいつもの優しい顔で微笑みながら
「佑君、エキザカムそろそろ開店しなくていいの?凌君や菜々ちゃん待っていると思うよ。あんなに美味しい料理を作れるんだから閉店しないでよね店長。」
と言うと俺が話しかけるスキもなく、夜なのに目を瞑るほど眩しい光が部屋中に差しこみ、目を開けると香織の姿はもう無かった。今起きたことは幻なんじゃないかと思うほどあっという間の出来事だった。
 次の日、髪の毛も髭も整え、凌君と菜々ちゃんに開店することを伝えると二人とも直ぐに行きますと言ってくれた。香織に閉店しないでと言われた店だから少しだけ頑張ってみようかなと考えながら、店で準備をしていると二人とも来て挨拶だけすると他に何か言うわけでも無く準備をし始める。昼頃には黒田さんがいつも通りハンカチでビッショリの汗を拭いながらやって来た。
カウンター席に座り「待ってたよ、佐藤君。日替わり定食一つよろしくね。」とだけ言ってスマホを触り始める。
それだけの言葉だとしても香織の死で時間が止まっていた俺の心には凄く響き、嬉しくて泣きそうになった。その後も店は忙しくて大変だったから、俺には止まっていた時間が動き出したような気がして有り難いと思った。
閉店時間になって店を閉めて帰ろうとしていたら二人が「おかえりなさい、店長。」と言いながらそっと近くに来てくれて久しぶりに人の暖かさを感じ、その瞬間涙が一粒こぼれ落ちたけど二人の顔を見ながら「凌君、菜々ちゃん、ただいま。」必死に作り笑いをしてそう言った。
頑張って作り笑いをしないと二人の前で子供のように泣いてしまう自分が安易に想像できたから、
二人の前では少しだけ強がりたかったのだ。