「確かに一回有った!」



その日、私は熱があるのに気付かずに空手の稽古に行ったんだ。


で、稽古中、熱でボーとして、
千太郎に負けた…。



「千太郎、自分が勝ってしまって。

千太郎に負けた事がショックで、
万理は辞めたんじゃないかって、ずっと気にしてて…」



ああ、それで私が辞めてから、千太郎は全然空手の話をしなくなったんだな。


私自身空手に興味が無くなり、
空手の話をしなくなったのもあるけど。


千太郎はずっと私が自分のせいで空手を辞めたのだと気にしていて、
何故辞めたかを私に訊けずにいたんだなぁ。


零がそうやって訊いてくれて良かった。



私の今の言葉は零の中に居る千太郎にも聞こえているだろうし。


私が空手を辞めたのは、千太郎のせいじゃないよ。


「あのまま私が空手を続けていても、
いつか、私は千太郎に抜かれたかもね」


「なんで?」


その私の言葉を意外そうに、零は訊いて来る。


「ほら、千太郎昔と変わらずあんな感じだけど、
体つきとか、昔と全然違うもん。
あんな感じなのに、私が重くて持ち上がらないような荷物とかも、軽々持ち上げるし…。
なんていうか、千太郎も男なんだな、って」


いつの頃か、千太郎も男なのだと思っていた。


荷物の事だけじゃなく、
自分に出来ない事をそうやって千太郎に私は頼ってばかりで。


あー、またそうやって千太郎の事を考えてしまう。


千太郎に、会いたい。


「んな暗い顔すんなよ?」


そう目の前で笑う零の顔は、千太郎で。


だけど、それは千太郎ではない事に、落ち込んでしまう。


「モールの方行かねぇか?
お前服とか見たいんだろ?」



「あ、うん」