「零!」

「兄貴!」

兄貴の体はだいぶ消えかかり、太陽の光が透けて煌めいていた。僕たちは立ち上がり、兄貴に歩み寄る。

兄貴は愛しそうに花音の頭を撫で、体を抱きしめた後に口を開く。


『ごめんな、花音。ここに来る前に、道路に飛び出した女の子を助けてトラックに跳ねられて死んだ。即死だった。だから、代わりに蓮がここへ来たんだ』

「死んだなんて……嫌だよ! 嘘だよね? 今すぐ嘘だって言ってよ……」

『ごめんな、本当にごめん。本当は今日、花音にプロポーズするはずだった。だから、蓮にプロポーズする様に頼んだんだ。どうしても今日伝えなきゃ、成仏出来ないなって思ったから。指輪をはめているという事は、プロポーズは成功したんだな。良かった』

「全然、良くないよ……零がいなきゃ、ダメだよ……」

『蓮!こっち来い!』


僕が2人の元へ寄ると、兄貴は僕の手のひらを花音の手のひらに重ねて握らせた。
僕たちは恥ずかしくなって、ボワッと赤面する。


『蓮!お前、花音が好きなんだろ?』

「な、何言ってるんだよ? そんな訳ない」

『僕はお前の双子の兄だぞ? お前の気持ちに気付いていないとでも思ったか?』


花音が目を丸くして、僕の顔を見つめる。


『それと、花音も……ずっと蓮が好きだったんだろ?』

「えっ?!何言ってるの? 違うよ!」

『花音の事なら何でも分かる。ずっとお前を見ていたんだから。もう嘘をつかなくていい。2人共、自分の気持ちに正直になっていいんだ。邪魔者は居なくなったんだから』

「兄貴は邪魔者なんかじゃない!」
「そうだよ!! そんな悲しい事、言わないでよ……零」
「兄貴、死なないでくれ!花音を幸せにするんだろ? いつも、そう言ってたじゃないか!」


『本当にお前らは世話がかかるな……』


兄貴の手のひらが、花音の頭と僕の頭を優しくなぞり、肩を寄り添うような形にさせられる。こんな状況なのに脈拍が波打ち、やっぱり花音の事を好きなんだと思ってしまう。


『2人を見てるのが辛かったから、ここに来れなかったんだよ、蓮。ずっと、花音と付き合うのが辛かった。お互いの気持ちを知ってるのに、お前らは僕に遠慮ばっかしていたんだ。だから、今日プロポーズして振られるつもりだったんだ。でも、蓮だったから花音はOKをしたんだ。僕だったら、悩んだはずだ』


「そ、そんな事ないよ……」

『花音、蓮が好きなんだろ?』

「うん……」

『蓮!花音が好きだろ?』

「うん……」


笑った兄貴の体は、今にも消えそうなぐらい儚い光を纏っている。
本当に最後の最後までかっこいい奴だ。


『迎えが来たみたいだ。じゃあな! 蓮、花音。お前たちは幸せになるんだぞ!』

兄貴は消えかかった拳を僕に突きつける。
僕はそれに自らの拳をぐっと突き合わせる。
やる気スイッチ発動。

「おう! 兄貴、ありがとう!僕たちは兄貴の分も幸せになる。僕が花音を幸せにする」

「零、ありがとう……」

兄貴の体は眩い光線に包まれ、遠い水色の空に溶けて消えていった。
僕は花音の肩を抱き寄せ、天空を見上げて兄貴に手を振った。雲間から差し込んだ光が虹色に輝き、僕たちを温かく包み込んだ。



「ねぇ、蓮。本当に私の事……」

「お前だって、僕の事……」

僕たちは見つめ合った後、照れ臭くなって目を逸らすと手を重ね合わせ歩き出した。



「あ、そういえば、さっきのキスの温度が違うってどういう事?」

「あーあれは……零とのキスとは温度が違っていたっていう事だよ」

「何だよ、下手とか言いたいんだろ?」
初めてのキスだったんだから、しょうがないだろうが。



「んー? 忘れたから、もう一回して」

花音が立ち止まって上目遣いで見てくる。そんな可愛い顔で見ないで欲しい。



「しょうがないな……」



……



「やっぱり、熱い」

「は?」

「零に比べて熱いんだよ。でも、私にとっては……適温だけどね」


「……バカだな」


僕たちは見つめ合うと、温度を確かめる様にまたキスを重ねた。


彼女が左手を太陽に掲げながら微笑む。

銀色が煌めいて眩しい。

彼女の薬指で輝く指輪は……

数年後、僕たちの婚約指輪になる。


end