兄貴が死んだ?

まさか、本当に?

体が透けていたし、妙な気配だった。

兄貴も来たら? と言ったが、『行かない』と首を横に振っていた。何か理由があるのだろうか。
鼓動が早くなる。走っているからか喉もカラカラだし、額から滴る汗も大量だ。

公園の入り口から、ベンチに座る花音が見える。兄貴の事を心配しているのだろうか、時計を気にして落ち着きがない。

僕に兄貴の身代わりなんか出来るわけがない。

かっこいいプロポーズなんて出来やしない。

僕と兄貴は違うんだ。
兄貴は勉強もできて、運動もできて、人当たりも良くて。僕は、そんな素晴らしい人間じゃない。いつも比べられた。兄貴は僕の憧れだったんだ。ずっと……。


「零!遅かったね!何かあった?」

「だ、大丈夫……だよ」

近くに寄るとバレないだろうか。心臓がバクバクして頭が真っ白で、手汗がすごい。
どうしよう……告白なんてした事もない。ましてや好きな相手にプロポーズなんて……。
 

花音から少し離れた場所に座る。

ポケットに手を入れて、深呼吸を一つする。


「どうしたの?」 

彼女が心配そうに顔を覗き込んだ時、無意識に腕が伸び、その体を抱き寄せると自然と言葉が転がる。



「花音がずっと好きだった」


「ずっと? 何言ってるの? 零ってば」


僕は零じゃないよ、花音。兄貴ならもっとかっこよく言えるだろうが、僕は僕だ。僕の言葉で、彼女にプロポーズをする。



「花音、結婚して欲しい」

兄貴が言いたかった言葉に涙が溢れた。


「うん、ありがとう」
彼女の言葉と体が震える。抱き締めた腕を緩め、顔を覗くと花音の頬が雫でたくさん濡れていた。幸せそうに微笑む顔に胸が痛み、深く抉られる。

花音はこの後、地獄を味わう事になる。
この笑顔がこの先、見れなくなるのか?

リングケースを開け、薬指に指輪をはめると泣きながら僕に見せてくれる。シルバーの輪っかにはオーロラに輝く宝石。細い指にとても似合っている。
兄貴がはめるはずだった。
辛すぎて涙が溢れ出した時、彼女がスッと目を閉じた。


心臓が跳ねて、体中が熱を持ち熱くなる。

キスをしなくちゃいけない。

僕の初めてのキス。

躊躇っているとバレてしまう。

キスの仕方なんて知らない。兄貴がいつもどうしているかなんて分からない。
僕は彼女の肩に手を置き、瞼を閉じて目の前の唇にキスをした。


……



「……蓮、なんでしょ?」


「え?!」

びっくりして、バッと唇を離した。


「ど、どうして?」


「キスの温度が違うから」


「温度?」



『花音!』

その時、彼女を呼ぶ兄貴の声が聞こえ振り返った。
 
(つづく)