合宿所となっているログハウスの近くで、予想通り西野の姿を見つけた。小柄な体躯がさらに小さく見える気がして、胸の痛みで歩むスピードが落ちた。
「何やってんだ。花火終わるぞ」
それとなく近づいて声をかける。いつものように馬鹿話をしようかと思ったけど、暗闇でもわかるくらい西野の瞼が赤く腫れていたせいで、続く言葉を失った。
「ごめん、ちょっと着替えるのに時間かかっちゃって」
慌てたように顔を拭いながら、西野が無理矢理な作り笑顔を向けてきた。その仕草だけで、西野が一人涙していた理由がわかった。
そう、俺の考えていた通り、西野は新山に恋心を抱いていた。幼なじみ過ぎて気づかなかったけど、西野は屈託のない笑顔の下に、仄かな恋心を隠し続けていたのだ。
いつから新山を好きになっていたのかはわからない。ただ、西野はその想いを欠片すら見せることはなかった。
その理由は、西野が口にした関係が変わることへの恐さがあると思う。もし、西野が気持ちを表に出してしまえば、確実に三人の関係は変化しただろう。
西野の気持ちに新山が応えれば、まだ救いはある。けど、新山が応えなかった場合、それまでと同じ関係を続けていくことは、確実に難しいと言えるだろう。
そうした状況を恐れた西野は、ずっと気持ちに蓋をしてきた。関係が壊れるくらいなら、今までと変わらない幼なじみの関係でいることを選んだのだ。
でも、現実は残酷だった。関係が壊れるのを恐れて動けなかった西野の前に現れたのは、告白を成功させて腕を組んで歩いてきた新山だった。
その光景を見た瞬間、西野は自分の恋が終わったことを知り、その場から動けなくなった。だから西野は、新山たちの前に姿を現さなかった。西野は、幽霊役として出てこなかったのではなく、出てこれなくなっただけの話だった。
「流星、花火やるぞ」
慰めの言葉を考えたけど、結局何も思いつけなかった俺は、無理矢理線香花火を西野に押しつけた。
「急にどうしたの? しかも線香花火って」
「仕方ないだろ。余りものの俺たちにはお似合いだ」
俺の言動に顔をしかめる西野に、無理矢理線香花火を持たせて火をつける。薄闇の中、線香花火の小さな灯りが西野の涙の跡を浮かび上がらせた。
「優斗、僕ね――」
何かを口にしかけた西野だったけど、その声は涙で詰まって言葉になることはなかった。
小さな光を懸命に輝かせながら、線香花火が静かに揺れ始める。西野は、もうかまうことなく声を押し殺して泣いていた。
――なあ流星、お前はどんな気持ちで麻美たちが来るのを待ってたんだ?
黙って西野の肩を抱き、心の中で問いかける。あの日、新山から相談された日の帰り道に見せた西野の表情。気持ちを表に出さないと決めた時から、いつかはこの日が来ることも覚悟していたはず。
そんな揺れ動く気持ちの中で、あの時、本当は西野は俺に救いを求めていたのかもしれない。
なのに、ずっと親友として側にいながら西野の苦しみに気づいてやれなかった。そのことが悔しくて、今更ながら激しく後悔した。
ずっと変わらないと思っていた三人の関係。でも、時間の流れの中では、いつまでも同じとはいかなかった。
そうした変化は、これからも続くだろう。変わりたくないと思っても、時間の流れの前では、いくらあがいても俺たちはあまりにも無力なのかもしれない。
西野の押し殺した泣き声がもれる中、線香花火が最後の煌めきを見せる。やがて、僅かな花を咲かせると、線香花火は静かに終わりを迎えていった。
「終わったな」
「うん、終わったね」
再び薄暗い闇が包む中、俺は勢いよく立ち上がった。
「流星、今年の夏は派手に遊ぶぞ」
「え?」
「夏はまだ終わってないからな。なあ流星、こんな線香花火なんかで夏を終わらせてたまるかよ。二人でさ、でっかい花火を上げて忘れられない夏にしようぜ」
勢いよく立ち上がり、握り拳に誓いを立てながら西野に宣言する。西野の恋は、線香花火のように終わった。けど、俺たちの夏はまだこれからだ。何もかも忘れられるような夏に、西野の為にもしてやりたかった。
「なんか恥ずかしい台詞で気合い入れてるみたいだけど、一体どんな夏にするつもりなの?」
懸命に涙を拭いながらも、西野が精一杯茶化してくる。西野の言うとおり、今の俺はみんなに馬鹿にされるくらいすべってるだろう。
でも、そんなことは気にするつもりはなかった。なぜなら、親友でありながら西野の気持ちに気づいてやれなかった俺の、精一杯の慰めだったからだ。
「馬鹿、そんなの決まってるだろ。流星、俺の頭の中身は何でできている?」
「100パーセント女の子」
「だろ?」
「だね」
俺の言葉に即答した西野が、ようやく笑ってくれた。
「優斗、ありがとう」
微かに元気を取り戻したように見える西野が、がらにもないことを口にしたことで、急に気恥ずかしい気持ちが全身を包んでいった。
「よせよ。俺たちの夏はまだ始まってないんだから、感謝は夏の終わりにしてくれよ」
西野を肩を叩きながら、感謝されたことへの恥ずかしさを無理矢理誤魔化した。何をするかはまだ決まっていないけど、いつかこの日を思い返した時に、笑い話に変えれるくらいの思い出を作ってやるつもりだった。
そんな夏の暑苦しさよりも暑苦しい俺たちを、淡い月明かりだけが優しく照らしてくれているような気がした。
~完~
「何やってんだ。花火終わるぞ」
それとなく近づいて声をかける。いつものように馬鹿話をしようかと思ったけど、暗闇でもわかるくらい西野の瞼が赤く腫れていたせいで、続く言葉を失った。
「ごめん、ちょっと着替えるのに時間かかっちゃって」
慌てたように顔を拭いながら、西野が無理矢理な作り笑顔を向けてきた。その仕草だけで、西野が一人涙していた理由がわかった。
そう、俺の考えていた通り、西野は新山に恋心を抱いていた。幼なじみ過ぎて気づかなかったけど、西野は屈託のない笑顔の下に、仄かな恋心を隠し続けていたのだ。
いつから新山を好きになっていたのかはわからない。ただ、西野はその想いを欠片すら見せることはなかった。
その理由は、西野が口にした関係が変わることへの恐さがあると思う。もし、西野が気持ちを表に出してしまえば、確実に三人の関係は変化しただろう。
西野の気持ちに新山が応えれば、まだ救いはある。けど、新山が応えなかった場合、それまでと同じ関係を続けていくことは、確実に難しいと言えるだろう。
そうした状況を恐れた西野は、ずっと気持ちに蓋をしてきた。関係が壊れるくらいなら、今までと変わらない幼なじみの関係でいることを選んだのだ。
でも、現実は残酷だった。関係が壊れるのを恐れて動けなかった西野の前に現れたのは、告白を成功させて腕を組んで歩いてきた新山だった。
その光景を見た瞬間、西野は自分の恋が終わったことを知り、その場から動けなくなった。だから西野は、新山たちの前に姿を現さなかった。西野は、幽霊役として出てこなかったのではなく、出てこれなくなっただけの話だった。
「流星、花火やるぞ」
慰めの言葉を考えたけど、結局何も思いつけなかった俺は、無理矢理線香花火を西野に押しつけた。
「急にどうしたの? しかも線香花火って」
「仕方ないだろ。余りものの俺たちにはお似合いだ」
俺の言動に顔をしかめる西野に、無理矢理線香花火を持たせて火をつける。薄闇の中、線香花火の小さな灯りが西野の涙の跡を浮かび上がらせた。
「優斗、僕ね――」
何かを口にしかけた西野だったけど、その声は涙で詰まって言葉になることはなかった。
小さな光を懸命に輝かせながら、線香花火が静かに揺れ始める。西野は、もうかまうことなく声を押し殺して泣いていた。
――なあ流星、お前はどんな気持ちで麻美たちが来るのを待ってたんだ?
黙って西野の肩を抱き、心の中で問いかける。あの日、新山から相談された日の帰り道に見せた西野の表情。気持ちを表に出さないと決めた時から、いつかはこの日が来ることも覚悟していたはず。
そんな揺れ動く気持ちの中で、あの時、本当は西野は俺に救いを求めていたのかもしれない。
なのに、ずっと親友として側にいながら西野の苦しみに気づいてやれなかった。そのことが悔しくて、今更ながら激しく後悔した。
ずっと変わらないと思っていた三人の関係。でも、時間の流れの中では、いつまでも同じとはいかなかった。
そうした変化は、これからも続くだろう。変わりたくないと思っても、時間の流れの前では、いくらあがいても俺たちはあまりにも無力なのかもしれない。
西野の押し殺した泣き声がもれる中、線香花火が最後の煌めきを見せる。やがて、僅かな花を咲かせると、線香花火は静かに終わりを迎えていった。
「終わったな」
「うん、終わったね」
再び薄暗い闇が包む中、俺は勢いよく立ち上がった。
「流星、今年の夏は派手に遊ぶぞ」
「え?」
「夏はまだ終わってないからな。なあ流星、こんな線香花火なんかで夏を終わらせてたまるかよ。二人でさ、でっかい花火を上げて忘れられない夏にしようぜ」
勢いよく立ち上がり、握り拳に誓いを立てながら西野に宣言する。西野の恋は、線香花火のように終わった。けど、俺たちの夏はまだこれからだ。何もかも忘れられるような夏に、西野の為にもしてやりたかった。
「なんか恥ずかしい台詞で気合い入れてるみたいだけど、一体どんな夏にするつもりなの?」
懸命に涙を拭いながらも、西野が精一杯茶化してくる。西野の言うとおり、今の俺はみんなに馬鹿にされるくらいすべってるだろう。
でも、そんなことは気にするつもりはなかった。なぜなら、親友でありながら西野の気持ちに気づいてやれなかった俺の、精一杯の慰めだったからだ。
「馬鹿、そんなの決まってるだろ。流星、俺の頭の中身は何でできている?」
「100パーセント女の子」
「だろ?」
「だね」
俺の言葉に即答した西野が、ようやく笑ってくれた。
「優斗、ありがとう」
微かに元気を取り戻したように見える西野が、がらにもないことを口にしたことで、急に気恥ずかしい気持ちが全身を包んでいった。
「よせよ。俺たちの夏はまだ始まってないんだから、感謝は夏の終わりにしてくれよ」
西野を肩を叩きながら、感謝されたことへの恥ずかしさを無理矢理誤魔化した。何をするかはまだ決まっていないけど、いつかこの日を思い返した時に、笑い話に変えれるくらいの思い出を作ってやるつもりだった。
そんな夏の暑苦しさよりも暑苦しい俺たちを、淡い月明かりだけが優しく照らしてくれているような気がした。
~完~